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アフタヌーンティーはモリエールにて

第8章 月夜のティラミス


によによと笑う杏奈が言っているのは、別れぎわに青年に放った、松田の言葉だ。

表面だけ見れば、課題をこなしに戻る青年へのエールにも聞こえる。
だが、実際はそうではない。
松田の言葉の裏側に隠された、意地の悪さに、杏奈も気付いていた。

あんまり虐めちゃダメですよーとのほほんと笑う杏奈に、はぁ……と松田は溜息をつく。


「お前にだけは言われたかねぇな。……気付いてんだろ?」


アイツがお前に惚れてること。
声には出さず、松田はじっと正面に腰掛ける少女へ視線で訴える。

青年は、杏奈に対して恋愛感情を抱いている。
杏奈と話しているときの柔らかい笑みや、松田が彼氏ではないと知ったときの安堵の表情。夏祭りに参加すると聞いたときの上気した頬。

そして最後に松田へ向けた、敵対心の滲む瞳をみれば一目瞭然だ。
鋭い洞察力を持ち、他人の感情の機微に敏感な杏奈が、それに気付いていないわけがない。

じっと自分をみつめる瞳でそう語る松田に、杏奈はへらりと微笑む。


「んー?何のことやらぁ?」


言葉にされてないので関係ないです。
へらりとゆるい笑みを浮かべながらも、少女の瞳はそう冷たく語っていた。

杏奈は青年が自分に向ける好意に気付いている。
その上で、相手がいまの関係を変えるつもりがないのだからと、気付かないふりをして、放置しているのだ。

どっちが性格悪ぃんだか……。
何も知らない、気付いていない様子で、気持ちに応えることも、相手のことを思って突き放すこともしない杏奈に、松田は青年に同情してしまう。

だが、青年に自分の心の底を悟らせないことも、彼女なりの優しさなのだ。それを松田も理解しているから、彼はため息を吐きだすだけで、野暮なことは言わない。


「そうだよなぁ。お前、俺のこと好きらしいし。」


言葉を飲み込んだ松田は、ニヤリといつもの底意地の悪い笑みを浮かべた。
一瞬、なにを言っているのだとキョトンと目を丸くした杏奈だが、萩原とデートに行ったときに、話の流れでそんなようなことを言ったことを思い出す。

好きと言ったことも、松田のことを慕っていることも間違いではない。それはもちろん、松田とて気づいている。
だから杏奈は否定も肯定もせずに、こう言った。
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