第3章 vagheggiare【ブチャラティ】
ギィ、と扉が軋む音に続いて、男が姿を見せた。
一目見た彼女は、弾かれたように立ち上がる。
「ブチャラティ!ああ!ブチャラティ…ッ!」
涙をいっぱいに溜めた目をしたチヒロが、男の腕の中に飛び込んだ。
「ああ、良かった…無事に帰ってきてくれて!あなたにもしもの事があったらと思ったら私、私……!」
緊張の糸が切れ、自分の胸に縋りついてしゃくりあげる彼女を、ブチャラティはそっと抱き寄せる。
「すまなかった…心配をかけたな。負傷はしているが、どうということはない」
今回の単独任務は『スタンド能力』に関わるものだった。彼も相当に場慣れしたスタンド使いであるものの、新たに出会う力とは時に想像を超えてくる。
結果、苦戦を強いられ、身体のあちらこちらに傷を作ってしまった。
ネアポリスに"組織"の息のかかった病院がいくつもあったおかげで無事に戻ってはこられたが、アジトで待機していたチヒロの気が気でないのも当然というものだ。
発足したばかりのたった2人のチーム。
彼女にとって、このイタリアで唯一心を許した存在が失われるかもしれないという恐怖は凄まじかった。押しつぶされそうに暗い感情からようやく解放されたのだ、落ち着くまでにはもう少し時間がかかるだろう。
包帯が巻かれていない方の手で、そっと柔らかな髪を撫でる。
いつだって自分を全力で信頼し、気遣い、慕ってくれる彼女。
今思えば、この時が最初だったのかもしれない。
彼───ブローノ・ブチャラティが、チヒロを愛おしいと感じるようになったのは。