第10章 暗中飛躍
光秀が安土を発った翌日。
太陽が傾き空が茜色に染まる頃。
「えっ、それいつ!?」
世話役の仕事で奔走していたさえりは安土の廊下で驚きの声をあげていた。
「一昨日の午後に決まり、昨日の朝がた既に光秀様は安土を発たれましたよ」
三成の言葉にさえりは絶句した。決定から出立の、まさにその間、光秀と逢っていたはずなのに、全く聞かされていなかったからだ。
あんなに、触れあっていたのに
光秀の御殿に文を届けに行ったのに姿がなかった理由が今やっとわかった。
「そ、う、なの」
思わずその場にずるずると座りこむ。
「大丈夫ですか、さえり様」
三成が手を差し出し立ち上がらせてくれる。
「ごめん、三成くん。教えてくれてありがとう」
力なく歩き去るさえりを三成は心配そうに見つめていた。
「一言ぐらい、言ってくれたって……」
部屋に戻ったさえりは呟いた。
そう言えば昨日も今日も、逢いに来いとも来るなとも言われていない。
光秀にとって、結局、自分は……
その程度の存在、だったのか……
ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
やっと、好きだって自覚したのに
黙って急に居なくなるなんて
何も、教えてくれないなんて
「酷いよ……」
涙が止まらない。
身体は触れあっていても、心は全く触れあっていなかったのか。
「気づくの遅すぎだよ……」
恋心にも、光秀が居なくなった事にも。
自分を責める。
でも、一生逢えない訳じゃない。任務が終われば帰ってくる。
「よし」
帰ってきたら、告白しよう。どんな結果が待っていようとも、思いの丈を伝えよう。
さえりはそう心に決めて、涙をぐいっと乱暴に拭った。