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【文スト】青空の憂鬱、記憶の残響【中原中也】

第5章 秋日狂乱






明くる日。
綴はばたばたと動く黒い集団に、不安な陰を見た。




──この辺りは……樋口の部下? でもなんで……。




「なにをしている! 早く黒蜥蜴を呼べ!」

「ねぇ樋口、なにごと?」

「青空幹部……。いえ、人虎から入電があり、〝探偵社を辞める〟旨を伝えられたのですが、罠の可能性が高いと判断いたしました。なので黒蜥蜴を呼んでいるところです」

「ふぅん……」





──あの人虎が、そんな巧妙なこと出来るわけないのに。




綴はその浅はかな考えで樋口が失敗することを恐れていた。森はどんな人間でも使えなければ躊躇なく切り捨てる男だ。そこに男女の差は関係ない。このまま行けば、樋口の首が飛ぶかもしれない。もちろん物理的な意味で。





「樋口、ちょっと待った方がいいよ。人虎がそんな狡猾なやつに見えた? 襲撃するにも、もう少し慎重になった方が、」

「しかし人虎ではなく探偵社には狡猾な輩もいるかもしれません。我々はポートマフィアですよ? 慎重でばかりでは何も出来ません」


「うーん……──ねぇ、樋口。わたしの話、聴こえてる?」


「は?」




樋口は心底不愉快そうに顔を顰めた。きっと彼女には、綴の話が理解できていない。眼前に標的がいる。そのことに気を取られすぎている。もう少し周りを見ていなくては。前しか見えていないのは少々いただけない。




「失礼ですね。聞こえてます」

「わたしには、聴こえてないように見えるよ」

「心配は無用です。準備ができたようなので、もう行きます」




樋口が黒蜥蜴を連れて歩いていってしまう。綴はその中のひとりに声をかけた。




「広津さん、──いいの?」

「……我々は部下だ。上司の命には従うものよ」

「そっか。じゃあ……樋口のこと、よろしくね」




広津はなにも答えなかったけれど、それで十分だった。綴は広津とつき合いが長い。背中を合わせて闘ったこと……はないが、たくさんの話をしてきた。

黒の集団が自動ドアの向こうに消える。綴はつぶやいた。





「──ちょっとだけ、寂しいなぁ……」





綴はこっそりと着いていくことに決めた。




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