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【テニスの王子様】いばら姫

第1章 いばら姫


画板に載せた白い紙の上に、プラタナスの葉の木漏れ日が落ちる。
鼓膜を震わせる蝉時雨が、噎せ返るような圧迫感を伴って降り注いでいた。
「すっかり夏ね。」
手首に滲んだ汗をタオルで拭いながら、わたしは呟いた。
だけど、その声もすぐに蝉の声に掻き消される。
遠くで部活動に勤しむ生徒のかけ声がか細い子猫の鳴き声のように聞こえる。
この暑い中、感心だ。
わたしは美術部員だから、そんな苦労とは無縁だった。
木陰のベンチに座り涼風を浴びながら、今目の前に広がる情景をスケッチするのが今日のノルマだった。
だけど、そのノルマがなかなか進まない。
隣に邪魔者がいるからだった。
「ねぇ。」
わたしは隣に座っている越前リョーマの声に、「ん?」と視線を画板の上の画用紙に落としたままおざなりに返事を返す。
「こんなふうにずっと一日中絵ばかり描いてて、先輩退屈になんないんっすか?」
「キミは、一日中黄色いボールばかりを追いかけてて、あきたりしないの?」
わたしの返答に、彼は言葉を閉ざした。
とたん、また蝉時雨の音が強くなる。
わたしは六角形の鉛筆をくるくると動かしながら、ときどき彼の気配をそっと聴いた。
ファンタを飲むときにこくりと喉が鳴る。
小さく零される吐息。
髪を掻き上げるときの衣擦れの音。
ときどき、髪の毛の先からぽつりと顔を洗ったときについた雫が落ちる。
それらをぼんやりと意識しながら。
この子って本当に、画家受けしそうな容姿と雰囲気しているなぁと思った。
描いてみたくなる、そうゆう色気。
越前リョーマという人間は。
それだけで一つの完成された人形のようである。
そのすらりと細く長い手足とか、硝子のような大きな瞳とかが、見ている人の瞳の奥深くに響くけれど。
その反面どうしても拭えない不完全さ、たとえばそのつたない幼さとか、ときどき口元に浮かべられるシニカルな笑みとか、子猫のような言動とか。
人として拭えない生々しさ。
それらのバラスが、不具合なく一緒に存在して形として作られている人。
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