第1章 おやすみ
混雑してる時に限って電車は大きく揺れる。
俺は無けなしの腕力で耐え忍ぶが、女性はそうもいかなかったのか俺の胸に頭をぶつけた。
「ごめんなさい……」
小さく呟かれた声に「いえ」と短く返す。
顔を上げた彼女は顔色が悪く、唇は青ざめていた。
「大丈夫ですか?」
「あ……すみません。大丈夫です」
何に対して謝ったのか分からないがとても大丈夫な顔に見えない。こんな時どうしたらいいんだろう。
俺の知識を振り絞っても最良の答えは見つからない。ひとまず安心させてあげようと声をかけた。
「具合悪かったら寄りかかっていいですよ」
「え……あ、ありがとう、ございます」
お礼を述べつつも寄りかかってくる気配はない。
まぁ、当然か。それでも少しは気が楽になればいいと思いながら窓の景色に目を移した。
相変わらず電車の揺れは激しく、後ろからの圧力に負けじと足と腕に力を込める。
女性は何度か俺にぶつかったり、よろめいたりしていた。その度に小声で謝るから「いいよ、気にしないから」と苦笑した。
「俺はこの二駅先で降ります。どこで降りるんですか?」
「同じ、です」
一緒の駅で降りるのか。
それなら電車を降りる時付き添ってあげられるだろう。
「もし嫌じゃなかったら俺の腕でも服でも掴まって下さい。ホームの空いてる所まで連れて行きます」
お節介かな、と思いつつも弱々しく顔を上げる彼女に提案した。彼女は「すみません」と謝ってから「お願いします」と頭を下げた。
控えめに袖を摘まれる。しかし、突如電車が揺れ、互いに体勢を崩した。俺はよろめいただけに留まったが、彼女は咄嗟に俺の腕にしがみついたようだった。
申し訳なさそうに眉を下げ、離れようとするから「いいよこのままで」と笑いかけた。
人の為になるのならそれが俺の本望だった。