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「春の夜の」「朝寝髪」

第3章 侍


明日で撮影も終わるという日、この日は一般参加のエキストラが30人程入る為、かなりバタバタしていた。
坂田さんはいつものように、絶妙な立ち位置で眠たそうな目をしていたが、ふと、目付きが鋭くなる瞬間があった。何だろうと思い視線の先を追うと、エキストラで来ている人の誰かを見ているようだったが、声をかけるわけにもいかず、私はそのまま撮影に入った。

昼過ぎ、私のパートの撮影は夜まで空き、一旦部屋に戻る事にした。
エキストラの人が多いと、やはり現場は落ち着かない。
何となく坂田さんを探したが見つからず、私はマネージャーに声をかけてから部屋へ向かった。

ドアに手をかけた瞬間、後ろから誰かに肩を押され、倒れそうになった。抱き止めたのは、見知らぬ男。
驚いて声も出せない私は、そのままベッドに投げられた。
目の前の男は満面の笑みを浮かべている。
「やっぱりうまくいった。エキストラなら入り込めると思ったんだ」
まさか、ストーカーが紛れていたなんて。
ようやく状況が飲み込めた私は、必死に逃げようとしたが、あまり体格が良いとは言えないのに、男の腕はビクともしない。
やばい、どうしよう。今ペンションに私しか居ないし。近づく男の唇に顔をそむけ、せめてもの抵抗をする私の目に、白い影が映った。それと同時に、私に覆い被さっていた男の体は、ベッドの脇に吹っ飛ばされた。
「坂田さん!」
やっと出た声で名前を呼ぶと、坂田さんは私を見て少し笑ってみせ、目を白黒させている男を蹴り上げる。
「悪かったな。怪しいヤツがいるとは思ってたんだが、見失なっちまって」
再度吹っ飛ばされた男は、呻きながら懐に手をやると、小型ナイフを取り出し、坂田さんに向かった。
思わず目をつぶった私の耳に届いたのは、男の悲鳴と、人間が思い切り床に叩き付けられる音、それと…
「あ、やべ」
という、なんだか間の抜けた坂田さんの声だった。
そっと目を開けると、白い羽毛が雪のように舞い、その中にひっくり返っているストーカー男と、切り裂かれた枕を持ち、いたずらが見つかった子どもみたいな顔で、私を見ている坂田さんがいた。
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