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「夕されば」「めずらしき」

第1章 会いたくて


「もう行かないとじゃないんですか?」
「ん~あとちょっと」
このやりとりを、もう何度しているだろう。
私は自分の膝に顔をうずめる男を見下ろし、苦笑する。まったく、これでよく真選組局長が務まるものだ。
「でも、もうすぐ山崎さんいらっしゃいますよ」
そう言って肩を叩くと、
「じゃあ、耳かきしてくれたら支度するから」
などと言う。
仕方ないなと、私が綿棒に手を伸ばすのは、今日からしばらく会えないからだ。
『長期遠征』という名のもと、3ヶ月ほど江戸を離れるとしか、教えてもらえていない。だから、今日はやけに甘えてくるし、私も応じている。
綿棒で耳掃除をしつつ、そっと髪を撫でる。
近藤さんは、喉を鳴らす猫のように気持ち良さげに目を閉じている。
こんな穏やかな時間を、1秒でも長く過ごして欲しいとは思うが、現実はそうもいかず。
チャイムの音が部屋に届いた。
うらめしい気を隠しつつドアを開けると、挨拶だけではなく、顔というかもはや全身から「すみません」の5文字が滲み出ている山崎さんが立っていて、私の口からも素直に「こちらこそすみません」の言葉が出る。
初めての登園を渋る幼子みたいに、ぐずぐずと支度をする近藤さんを急き立て、山崎さんが運転する車の助手席に乗せた。
「じゃあ、ちゃん、行って来まーす!」
ようやく気持ちの切り替えが出来たのか、近藤さんは白い歯を見せて小さく敬礼をした。
「はい、くれぐれもお気を付けて」
静かに頭を下げたのは、曇った顔を見せたくないのと、やはり真選組局長の恋人という矜持だ。
「じゃあ局長、行きますよ。さんも、体には気を付けて下さいね」
山崎さんがそう言って、2人の乗った車は遠ざかっていった。
「ふぅ。行っちゃったな」
私はのろのろと家に戻る。あの大きな体がいなくなると、急に部屋が広く見える。
さっきまで寝転んでいた布団は、まだ少し暖かく、日なたのような、近藤さんの匂いが残っている。
私なため息を吐いて、布団を干す為に立ち上がった。
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