第3章 犬【赤井秀一】
「私より赤井さんの方がよっぽど犬っぽいですよ」
「さぁ、あまり言われたことはないが」
コーヒーの香りでリラックスしたのか、赤井さんに鬱憤をぶつけてスッキリしたのかは分からないけど、とりあえず落ち着きを取り戻した私は赤井さんの横に腰掛ける。彼は長い足を組みかえながら手を口元に添えて思案するような顔をした。
「頭いいし、」
「まぁ人並みよりは、な」
「視覚とか嗅覚とか聴覚とか人類超えてそうだし」
「残念ながら人類に収まる範囲内だ」
「癒し効果も、ありそう」
左隣の彼の額から垂れた波打つ黒髪に指を通した。柔らかいわけでもないけれど硬すぎるわけでもない、ずっと触れていたくなる髪だ。ついでにと、ちょっとした悪戯心で犬にするように頭を撫でてみたのが間違いだったのか……。
「……ホォー」
「え、あれ、赤井さん…?」
この赤井さんの目に見覚えはある。今の話の流れで例えるなら餌を前にした犬というところか。いや、そんなに生易しいものではないのだけれど。
気づいたらソファーに倒れていて、確かすごい勢いで倒れたはずだけどそこまで痛くないのは赤井さんが配慮してくれたおかげなのか。
「とりあえず落ち着いて話し合いましょう!ね!待ってください!!てかおいこら待て!!!!」
私の話を聞いているのか聞いてないのか、首筋を滑った無骨な指は明らかにそういう含みを持った触り方で。
「……残念だ、俺がお前の言う犬だとしたら行儀が悪い上に躾がなってない……『待て』はできそうにないな」
熱く濡れたダークグリーンの瞳に覗き込まれると噛み付かれたかのように身動きが取れない。乾燥した白く薄い唇からは想像も出来ないような真っ赤な舌がその間からちらりと覗いた。
fin.