第7章 (5)Everyday
透が帰った次の日の九条家。
前日の賑やかさはなくなり、今は静かな日常の生活に戻っていた。
コツコツと廊下に広がる足音。
その音が止まると同時に、今度はドアをノックする音がその場に響く。
「旦那様、お水をお持ちしました」
音の主、宮瀬豪は扉の奥にいる主人に声をかけた。
この家の主人、九条壮馬。彼は宮瀬豪が来たことに気づくと読んでいた資料から視線を外し、ドアの方を見る。
「豪か。そこの机に置いてくれ」
「はい、失礼します」
ドアの向こうから現れた宮瀬は手馴れた手つきでハーブウォーターと薬を準備し始めた。
「ところで…その熱心に目を通しているのは、先程取り寄せた彼女の資料ですか?」
目線はカップに向けたまま、宮瀬はそう九条に言葉を投げかける。
九条はそれを聞いて、再びその資料に目を通す。
そこにはその筋の者が集めた泉透の情報が纏められていた。
「ああ、豪にあそこまで言わせるあの女性が…どんな人物なのかと思ってな」
「うーんそうですね…そこに書いてある通り、至って普通の可愛らしい人ですよ。少し変わった経歴を持った方が身内にいらっしゃるようですが」
「その『普通』の女性の恩返しの為だけに、あんな突拍子のないことを言い出すお前じゃないだろう。それに…俺は新しい使用人を雇うなんて話、した覚えはないはずだが?」
「ふふっ…そうでしたっけ?僕の勘違いだったんですかね」
とぼけたような言い方で柔らかく微笑む宮瀬。
その表情はまるでいたずらを楽しむ子どものような無邪気さが宿っていた。
「でも大丈夫ですよ、彼女は良い子です。きっと役に立ってくださると思いますよ」
そう言って、彼は部屋を後にする。
九条はそんな彼の背中を静かに見つめていた。
「そう…きっと役に立ってくれます」
扉が完全に閉まった後、誰もいない廊下で彼は目を細め不敵に笑った。
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