第5章 『 汚れっちまった悲しみに』
「泰子、余り国木田君を虐めちゃ可哀想だよ」
「虐めた心算等無いよ。彼が私の邪魔をするから悪いんだ」
「やれやれ。で、私に話があったんでしょ?」
場所を変えた二人がいたのは、泰子の行きつけの酒場だった。
店内に流れるジャズのBGMとカラン...とグラスと球状のロックアイスがぶつかる音が響く中、太宰が泰子へ話を振る。
「安吾から得た情報を全て話して」
「んー、どうしようかなー」
調弄す太宰に苛ついた泰子の視線が向けられる。
それを見た太宰は表情を崩す事無く彼女へ向き直った。
「ある程度は察しはついてる」
「恐らく泰子の考えている通りだと思うよ。政府には特務課以外にも機密機関が存在する。安吾に探らせているけど、思った様な成果はまだだよ」
「そう。その機関と例の薬との関係は?」
「まあ黒、だろうね」
「目的は?」
「其れが未だに解らないのだよ。安吾にもっと厳しく言っておくべきだったかなー」
そこまで聞くと泰子は紙幣を置いて無言で席を立った。
太宰が引き止めるが、彼女は無視して出口へと向かっていた。
そして太宰は自身の外套の襟元に、1枚の紙がある事に気が付いた。
「粋な事をしてくれるなぁ」
泰子の連絡先の書かれた紙。
新しい情報があれば知らせろという事だろう。太宰はその紙をポケットへ仕舞い、少しずつ溶けていたロックアイスを指で回した。