第10章 ONE MORE KISS
カオスが生まれし泉でヴィンセントは目覚めた。
そこはルクレツィアの祠。
ヴィンセントは、自分の手を動かしながら、どうやら生きているらしい事を悟った。
ルクレツィアの結晶体の前に腰を下ろす。シェルクとした約束を果たす良い機会だ。
「ルクレツィア……すまなかったな、君を止めてやれなくて。私は……君に拒絶されるのが恐ろしかったのだ。本当に君を愛していたから」
何度も自問自答したが、その想いは真実だったと彼は思う。
そしてその過去の想いと今後の自身の願望は別のものであることも彼は突き止めている。
「一人でここへ来るのはこれが最後になるかもしれない。私は、彼女と共に有ると決めた……。まだ彼女にははっきりと伝えていないのだが……。きちんと伝えられるよう、君も祈ってくれるか……?」
ルクレツィアに見守られながらの独り言は、しかし彼女に語りかけるようだった。
シャロンは生きていると彼は確信していた。オメガと共に散った時、側に彼女を感じていたから。
「……こうして好きに生きていられるのも、君が私を救ってくれたおかげだ。君を恨んだ事など一度もないよ。ルクレツィア……ありがとう、私は生きている」
長い年月を経て、二人の思いは繋がった。以前の二人は確かに思い合えていた。ルクレツィアはただ不器用で自分の気持ちに蓋をし続けていただけだった。ヴィンセントを傷付けたと悔いていたが、彼はそんな風には思っていなかった。
彼女の芯の強さに垣間見える弱ささえも、ヴィンセントには魅力的に映っていた。支えになりたい。導いてやりたい。
ただひとつのボタンの掛け違いで、混ざり合うことの出来なかった二人の運命。けれどもそれは必然でもあったのだった。
ルクレツィアの思念は祈りながら彼の背中を見送る。
——ヴィンセント、世界を救ってくれてありがとう。
私の過ちを洗い流してくれて、ありがとう。
貴方は貴方のための時間を生きて——
ルクレツィアの頬に一筋の涙が伝い、ヴィンセントの姿が祠から見えなくなる。
今の彼女の心に悲壮はなかった。
彼女の側に現れる別の人影。
それは彼女に本当の救いを与えられる唯一の存在。
「血は争えないな。不器用すぎだ」
「だけどこれでもう思い残す事はない」
「では……還ろうか」
「ええ」
笑顔で向き合う2人の心は浄化されたように輝き、辺りを漂う光となった。