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香国 ー駆ける兎の話ー

第2章 番う狼の話



「けじめをつけるのは大切な事だが、私たちが子供を設けた際にはもう少し…」

「御子がお出来になられた?」

言いかけて遮られ、その声の硬さに驚いて見遣れば蜜玉の青褪めた顔にぶつかった。目尻眉尻が跳ね上がり、口元が震え、こめかみに青い血筋が浮いている。

「いや、蜜玉。早とちりするな。私はただ…」

不意に閃いた。
あまり不意だったから、考えなしにぽろりと漏れた。

「お前、月狼が好きか」

蜜玉が後退さる。
あっという間に紙のようにざらついた白い顔を袂で覆い、蜜玉は転げるように室を出て行った。翻る衣の裾がいやに目に焼き付き、私は瞬きして額を掌で押さえた。

「ああ…」

成る程。

「そういう事だったのか…」






月狼の少し埃っぽい土の匂いが好きだ。

目交わって寄り添って話していると、馬鹿に気持ちが落ち着く。一緒に居てこんな風に気持ちが凪ぐ相手は月狼ともうひとり、知香。
そして、もしかしたら三人目になるかもと思った蜜玉。

月狼の横顔を眺める。
味のある良い顔をしている。月狼の中身がそのまま形になったように、無骨で裏表がない。この男が私の対と思うと、我知らず誇らしくなる。

「珍しく大人しいな。考え事か」

訥々と語っていた兵馬たちの話を止め、月狼が体を起こした。

「うーん…?いや、考え事など…」

言いかけたら額を弾かれた。

「嘘を吐くな」

「嘘なんか吐いてないぞ」

ただ、お前には言い兼ねる事があるだけだ。

額を撫でながら顔を顰めて起き上がったらば、月狼はえらく真面目な顔をして私をじっと見ていた。

「何だ。そんな顔で見るな」

「大人しいお前など初めて見る」

「ふ。そうか」

「目交わっているときも甘えていたろう」

「そうだったか?」

「猫を抱いているようで妙な気がした」

「ははは。そういうのもたまには悪くなかろう?」

「知らぬ女を抱いたようで居心地が悪い」

「……そうか…」

闘舞を舞う蜜玉の靭やかな姿が浮かんだ。力強く美しい、赤毛の女。

「月狼は猫より狼がお好みか」

「そもそもおれが狼だからな」

「ふふ。そうだな…」

「…狼娘。本当にどうした?体具合でも悪いのか」
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