第3章 禁断の果実
【 Jun 】
俺が待ち合わせに指定したホテルに足を踏み入れた時、不意に誰かが俺の肩を掴んだ。
俺がそいつを見るよりも先に、
そいつの声が耳に届いて身体に緊張が走った。
『あなた…ここで何してるの』
「お前…」
聞き覚えのある声にゆっくりと振り返れば
そこに立っていたのは、鬼のような形相をした妻だった。
「なんでここに…」
『それはこっちの台詞よ、あなたを見たっていうご近所さんが教えてくれたの』
「…っ、」
『この間、あなたが街中で誰かとキスをしてたって』
…そうか、相手はまだ分からないんだな。
それだけが唯一の救いかもしれない。
そして、今この瞬間こそ決着をつけるチャンスだ。
「ああ、そうだ」
『…っ! あなた自分で何言ってるか分かってるの…?』
「もちろんだ…だから外で話そう」
俺がそう言うと妻は、先に外へ出ていった。
俺は、心の中で智に遅れると呟いて妻のあとを追った。
妻がいたのは人影のない、ホテルの地下駐車場。
『全てを話して…今は落ち着いてるから』
「ああ…」
妻はひとつ深呼吸をすると、俺の目を鋭い目で睨み上げた。
俺もそれに怯むことなく自分の信念を貫く。
「俺は、別に好きな人が出来たんだ」
『そう…』
「だから君には申し訳ないが、もうその人の事しか考えられない」
『分かったわ…だったらもう、この事全部お父さんにバラしてやるから!』
「それは…っ、」
『止めて欲しいなら、私の所に帰ってきて!お願い…っ、私はあなたを愛しているの、たとえ始まりが政略結婚だったとしても…だからお願いよ!』
泣いてそう悲痛の叫びをあげる彼女に、俺は何も言えなかった。
彼女をそうしているのも全部俺のせいなのに…でも。
「すまない…もう戻れないんだ君の元には」
『どうして…!?』
「君のお父さんと俺の親父にはもう話してある…
説得するのに時間はかかったけど、認めて貰えたよ」
『そんな…』
「後は君だけなんだ…俺と別れよう」
『嫌っ! そんなの絶対嫌よ…っ!!』
彼女に詰め寄ろうとした時、頬に痛烈な痛みが走った。
そしてこの場所に響く、人を叩いた音。
俺の左頬からは一筋の赤い雫が流れ落ちた。