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優等生と人見知り【幽遊白書】

第1章 休み時間


上山さんは教室前の廊下側の隅で、眉毛をハの字にして立ち尽くしていた。物理の教科書を抱きしめるように持ち、黒板に向かいノートに書き写している生徒数人をちらちらと睨みつけている。
彼女の背後の黒板の右下には《日直 上山 那智》と白い字で書いてあった。
次の時限では、選択生物の授業がこの教室で行われる。隣の教室から生物選択者がすでに席についており、先ほどここで世界史を受けていた半数は物理教室へ移動した後だった。
日直の仕事は授業後の板書を消すことくらいだが、休み時間が少なくなっても彼女はその仕事を全うしようと、気まずそうに教室前に控えていた。
先ほどの世界史の授業の教科担当は、早口の上、速記が得意だった。板書のスピードについていけない生徒はきまって授業後ノートを取っていた。
最後の一人が書き終わり席を立つと彼女はすかさず黒板消しを持ち、ごしごしと消し始める。何度も擦っているが、筆圧が強いためうっすら字が残る。彼女の手で届かない所まで字が書いてあり、飛び跳ねながら手を動かしているが、上方に記載された文字は一部残っていた。
「手伝うよ。」
彼女は俺の方を向き一瞬目を見開いた。いいよ、と呟くと再び黒板へ向き直る。
「休み時間ももう無いし、届かないでしょ?」
いくつかある黒板消し中で比較的綺麗なものを選び、上の方から消していく。ありがとう、とたどたどしい声が聞こえた。
「ねえ、さっき先生が口頭で説明していた部分、教えてくれない?」
試験には出ないだろうと聞き流したが、上山さんが鉛筆を走らせるのをみて一体何を話していたのかと気になった。
教室内は賑やかで、黒板を向いて交わされる会話は誰も聞いていない。
「私より頭のいい人に聞いたほうがいいよ。」
「でも、他のクラスメイトと違って上山さんは、真面目に授業を受けているだろ?」
ぴたり、と彼女は動きを止めると、今まで痕が残らないよう丁寧に消していたのに、撫でるように素早く文字を消すと、がたんと黒板消しを置いた。
「私、次移動だから。」
そう言い残すと、教卓の上に置いた物理学の教科書とノート、筆記用具を持つと彼女は教室を飛び出してしまった。俺は追いかけるわけでもなく廊下に出て、手洗い場まで歩いていった。手についた白墨の粉を洗い流し、彼女が走り去った廊下を見た。
次の授業開始まであと1分。
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