愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第2章 暗送秋波
戛々(かつかつ)と馬の蹄の音が響き、カラカラと車輪が軋む‥
時折強く吹く冷たい風が馬車を揺らし、心細そうにしている君の身体を大きく傾ける。
「私の隣にくるといい‥。」
今日のために誂えた空色鼠の外套は、智の可愛いらしさを少し大人びたものに見せていた。
「はい。」
智は下ろしていた両の手を私に差し出して、柔らかく身体を預けると、そっと目を伏せた。
この恥じらう仕草の可愛らしさ‥
私はその幼さの残った頬をそっと撫でて、いつもより赤く艶めく唇に指先をあてた。
ああ‥愛おしい‥‥
「君は本当にいけない子だ‥。こんなところでまで私を惑わせて。」
薄く開いた唇に親指を差し込むと、智は赤い舌でねっとりと舐める。
私を見つめる瞳には、君の虜になった奴隷のような自分が映っていた。
「私が‥欲しいか‥?」
奴隷になった自分の映る瞳にそう問いかける。
すると私の手に自分のそれを重ねた智は、静かに首を横に振った。
「もうすぐ松本様のお屋敷でしょう?‥僕、初めてだから‥胸が騒いでしまって‥。」
自分の頬に添えられていた私の手を外すと、甲に口づけをひとつ落とした。
「そうだったな‥すまない。」
「僕のほうこそ‥雅紀さんと一緒だっていうのに‥なんだか不安で胸が苦しいんです。」
智はそう言うと、そっと私の肩に頭を預けて目を閉じた。
肩にのる僅かな重みと温かさだけでも‥私は幸せだった。
私は‥愚かだったのかもしれない。
愛おしいと思うあまり‥
失いたくないと思うあまり‥
自分のなかの誓いを破り、美しい君を籠の外に連れ出してしまった。
ここに‥潤の屋敷に智を連れてきてしまったことが、自分の運命を変えてしまうなんて、この時の私には知る由もなかった。