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青色幻燈

第4章 鼠と年明け



正月の未明。

台所の床の剥き出しの板間の冷たさに正座した足が凍みる。
厳寒に晒されるとわかっている表の寒さとは違う、骨身にじんと来る寒さだ。
井戸から汲み上げた若水が竈の上でしゅんしゅん沸いている。柔らかな湯気がもわもわ立って、まるで小さな入道雲みたようだ。

正月がら凍ばれるごど。

口の中でもぐもぐ呟いて柏手を打つと、寝静まった家内に裂帛に似た鋭い音が生木を割くような荒々しさでキンと響き渡る。
思わず竦まりそうになった背なと首をしゃんと擡げ、ちょっと息を殺して辺りの様子を伺う。

「…ふふ…ッ」

煙のように白い息と一緒に笑いが吹き出た。
独居の屋の、正月の明時に、どうして自分以外の誰の気配を探るのか。

今年も良い年になりますように。

在り来りに唱えて瞠目し、薄っすら目を開いて自嘲する。

“今年も“。

まるで去った歳が、去っていった歳歳が良いものであったかのような偽善を神前で為す自分に皮肉を覚える。

「いいごどなんてなってもねハ」

過ぎる夏も寒かった。
稲は頭を垂れる前に地べたに伏し、土を耕す尊さを説いたかつての教え子たちが、老いた親と痩せた連れ合い、幼い子を残してまた出稼ぎへ赴く。そのまま戻らず異郷の稼ぎで家を支える者も少なくない。

オレの田圃もおんなじだ。
なのにオレはここに居る。ここに居られる。

あらぬ方を見返って、また自嘲を浮かべる。この方は、宮澤商店のある鍛冶町だ。オレの裕福な生家。

新年も息災であるよう祈念するなら鍛冶町の方角へ頭を垂れなければならないのではないか。祈念の相手は父宮澤政二郎であるべきなのではないか。

「……」

正座した膝の上で握った拳に力が入る。掌に切り詰んだ爪が食い込んで痛い。

俺はロクデナシの役タタズだ。

「んだなス」

…自分の力で自分を養い切ることも出来ない木偶の坊のずぐなしだ。

「はぁ、まんつそういうことになるべな」

……稲も上手く実らなかったし、折角取り寄せて育てた外国の野菜も一顧だにされない…

「あははぁ、そらンだスべなあ。まんつ何だたてそったなものさ手コつけだんだが。誰もかね(食べない)ってのに。そもそもおめさんがらしでかねがったねが」

…一日五合の米は食い過ぎだったかも知れない…

「稼ぎに合う食い扶持でねえべ。食い過ぎだバカけ」

「やがましわ!いぢいぢ何だ、誰だハ!?」

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