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【テニプリ】a short story.【短編集】

第8章 【不二】月が欲しいと泣く子供




――なにしてるの、千花?
――あ、周くん。あのね、いーっぱい手を伸ばしたら、おつき様、取れるかなぁって
――ふふ、月はね、近くに見えるけど実はすっごく遠くにあるんだよ。そして、あぁ見えてとっても大きいんだ

――えぇ!そーなの!?なーんだ…
――でもね、僕なら取ってあげられるよ。ほら、僕の指先をじっと見て…?





幼かったあの日、覚えたての手品を使って、指先に月に似た黄色くて真ん丸のクッキーを出し。それに千花が大興奮して喜んだ事を、僕は今でもよく覚えている。

――周くん、すごいね!まほうつかいだね!


二つ年下で、従姉妹の千花は、親が仲が良い事もあり、小さい時はよく遊んでいた。隣県に住んでいるのでそう頻繁な事ではないけれど、僕が中三・彼女が中一になった今でも、その関わりは続いている。

人懐っこい千花だけれど、裕美子姉さんでもなく、裕太でもなく、僕に一番懐いている事は幼心にも誇らしくて、ついつい甘く接していた。

もし月が欲しい、と言ったのが裕太だったら…?きっと月までの距離や大きさを詳しく説き、彼の夢を粉々に砕いてしまっていた事だろう。



今日は久しぶりに彼女が我が家で夕食を取るのだ、と母さんに言われたから、最寄りの駅まで迎えに来ていた。勿論、彼女は一人で家まで来れるはずなのだけれど。相変わらず千花に甘いよな、なんて少し拗ねたような口ぶりの裕太を思い出す。

そして、周、いとこ同士なら結婚も出来るのよ、なんて悪戯めいた姉さんの言葉も――


その時、駅から出てくる人波の中に、よく見知った姿を見つける。少しだけ綻んだ口元を隠すこともなく、小さく手を振ると。それに気付いた彼女がこちらに駆け寄って――は来ず、少しだけ歩みを速めた。

よく見ると、見慣れない少しヒールのある靴を履いている彼女は、少しよたつく足元を隠そうと必死の様子だった。まだ真新しいらしい、秋色のその靴は、彼女によく似合っている、けれど。


「周くん!お迎え有難う」


微笑む彼女は、何処か堪えたような表情をしているから、僕も気付かない振りをする。


「長旅ご苦労様、千花」


彼女の自尊心を傷つけないよう、カバンを持ってやり、手を差し出すと。安心した様子でその手にいつもより寄りかかってくる。

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