第4章 迷夢…
「悪かったな」
僕に向かって謝り、さっきまであの女性が座っていた場所に、学生服から着物に着替えた二宮君が腰を下ろした。
「いや、構わないよ…。ちょっと驚いただけだから…」
引き攣る顔に、笑顔の仮面を貼り付ける。
いつの頃からか、自然に身に付いてしまった、僕の悪い癖。
「まあな、お前みたいなお坊ちゃんには、少々刺激が強いだろうな」
お坊ちゃん、か…
自分自身、そんな風に思ったことはないけれど、傍からはそう見えているんだと思うと、自分が如何に世間知らずかを思い知らせる。
実際、二宮君に連れてこられなければ、こんな世界を目にすることは無かったのだろうから…
「ところで、僕に何か話でもあったんじゃないのか?」
二宮君が運んでくれた、珈琲を一口啜る。
家で飲む珈琲とは比べ物にならないくらい、風味の欠片も感じられない薄い珈琲が、口の中で嫌な苦味だけが広がって…
思わず歪めた顔を、二宮君が見逃す筈もなく、
「無理すんなって。お前らみたいな上流階級の人間の口には、俺ら庶民の味は合わないからさ」
「そんなつもりは…。でも、ごめん…」
「ったく、これだからお坊ちゃんは…」
申し訳なさに俯いてしまった僕の肩に、二宮君の腕が回って、額を指で弾かれる。
「痛いよ…」
「ククク、油断してるからだ」
そう言って笑った二宮君の顔は、とても人懐っこくて、
もしかしたら、噂されるような悪い奴じゃないんじゃないか…そう思わせるような、柔らかな笑顔だった。