第22章 第21章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜車輪〜 ③
「うっすらだけど意識があるから、かなり暴れる筈。舌を噛まないように、何か…」
すぐにでも首の噛み口を切開をして膿を出そうと、家康は、使えるものはないか周囲を見回した。
すると謙信が、美蘭を腕に抱きながら、
「これで良い。」
そう言って左手を前に差し出した。
謙信は、
自分の腕を噛ませておくと言っているのだ。
確かに何かを噛ませておくのが良いのだが
「あんた…っ。意識あるのに身体を切り開くんだから。…本気で噛まれるよ。」
「構わぬ。美蘭と痛みを共にできるなら本望だ。」
「「「 …! 」」」
謙信の瞳を見て、何を言っても無駄だと判断した家康が
「……そう。…なら、好きにすれば。じゃあ先に薬飲ませる。気を失われたら飲ませられなくなるから。」
淡々と話を進めはじめると
謙信は椿から薬包をもらい、その包みを開いた。
佐助が、水が入った竹筒を謙信に手渡すと、
謙信は薬と水を自分の口の中に含み、そのまま前にかがむと、口移しで薬を美蘭の口の中に流し込んだ。
全ての所作が、自然で、美しくて、愛に溢れていて。
一同は、只々、無言で見守った。
「じゃあ、やるよ。」
家康がいうと、
美蘭の口に自分の左腕を噛みつかせた謙信が頷いた。
佐助が、上司が乱心した場合に備えて隠し携帯していた酒で小刀と傷口を消毒すると、
家康は、美蘭の首に刃を充てた。
「……!〜!!!!!」
刃が肌を切り開くと、鮮血が首を滴り落ちた。
その激しい痛みに、混濁した意識でも、暴れ叫び出しそうになる、美蘭。
それを見越した謙信がしっかりと身体を固定して動きを妨げているうちに、家康は、くびをさするようにして僅かに切開した場所から膿みを排出させる。
押し寄せる痛みに耐える理性が全く働かない今の美蘭は、力任せに謙信の腕に噛み付いた。
「…っ!…謙信…っ!!!」
美蘭に噛みつかれ腕から血を流す謙信を見て
椿は思わず悲鳴のような声を上げた。
だが次の瞬間
「……!」
謙信の表情がこれ以上ないほど穏やかであることに気づいた椿は、
「…意味が…わからぬ…」
目の前の光景に混乱して、そう呟いた。