第18章 覚悟
虚空のような目にひたすら海が映っていた。
心地よいはずの波の音も、風の音も、耳を流れていくだけ。
その耳にたった一つだけ響く声。
「沙羅」
その声だけが、耳に留まり、凍りついた心を揺らした。
虚ろな瑠璃色の瞳がぼんやりと、その声の主を捉えた。
夜風に揺れる特徴的な髪型は、月光を浴びて冬の太陽のように柔らかい金の光を放っている。
眠たげにも見える眼差しは、いつもと変わらず優しい。
「約束通り、ちゃんと帰ってきたな」
「・・・」
咽が固まってしまったかのように言葉が出なかった。
ただそこにいるだけで、沙羅に絶対的な安心感をもたらす人物。
時に明るく
時に温かく
時に力強い。
沙羅にとっては太陽のような存在なのかもしれない。
何より、そこにいてくれるだけでほっとする大好きな人。
マルコだけが、
色彩を纏い、
音を発し、
動いているように感じた。
言葉はいらなかった。
溶けゆく凍った心を現すように、
瑠璃色の瞳から涙が零れた。
ふらつきながら踏み出した歩みは、すぐに力強い腕に支えられた。
『お帰り』とマルコの声が耳元を揺らした。
堪えきれずに、沙羅はマルコの胸で縋りつくように泣き始めた。
マルコもまた、沙羅が求めるままにそれを受け入れた。
何も聞かない。
何も言わない。
そこにあるのは、
“あるがままに受け入れる”
というマルコの深い思い。
ユエの日記を読めば読むほど苦しくて、悲しくて、心が痛くなった。
イゾウに助けを求めたくて、それでいてイゾウに心配をかけたくなくて、自分でもどうしたらいいかわからなかった。
わからなくて、ただ、心が悲鳴を上げて、それでも話せなくて、心が凍っていった。
でもマルコを見たら、ふっ・・・と心が体が軽くなった。
何も話していないのに、当たり前にマルコは受け入れてくれた。
沙羅の心の内をわかってくれた。
何があっても、俺はずっと傍にいる
おめぇは一人じゃねぇ
マルコの言葉が脳裏に蘇る。沙羅は泣きに泣いた。
ひたすら泣いて、泣いて、マルコの胸の中で久々の眠りに落ちていった。