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☆2016企画バトンリレー☆

第9章 ン




▼視点:影山▼

—————好きだなぁ。

そう、微かに鼓膜を震わせたその声に、俺は今まさにボールを投げ上げようとしていた手を止めた。

(…………………?)

気のせいか。いや、そんなはずはない。

俺が彼女の声を間違えるはずなんてない。そう、ずっと焦がれてやまない、愛しいの声だけは。

好き、だと。確かにそう言ったように聞こえた。


(好き…………)

確かめるように心の中でそう呟いて、瞬間、トレーニングウェアに包まれた胸のあたりが急に激しく脈打った。

どくり、どくりと。血液が音を立てて体中を巡っていく。急に血圧が上がって、不意に頭がくらくらとした。の声がまるで耳元で囁かれてでもいるみたいに、頭の中で反響している。

『好き』

それは……伝えたくて、でも言えなくて、そっと胸の裡に押し込めていた。俺の、への想い。


ちらり、とに視線を送った。彼女は細い腕を懸命に動かし、転がったボールを拾っている。その更に先には及川さんがいた。…と従兄弟であるとの、専らの噂の。


—————付き合っているのだろうか、とか。彼氏なのだろうか、とか。様々な憶測が飛び交ってはいたが、俺は努めてそれを無視した。知ってしまえば、きっと平静ではいられないだろうと、自分自身で分かっていたから。


だから今も、微かに胸をちくりと刺した感情を密かに封じ、なんでもない風を装ってボールを宙へと投げ上げた。助走し、床を蹴り、思い切りボールを前へと打ち出す。


「うわッッ!!」


ネットの向こう側で、悲鳴を上げて飛びのいたのは田中さんだ。ボールはエンドラインを大幅に超え、壁へと激しくインパクトした。俺は大きくため息をつき、次のボールを手に取るべく踵を返した。その時。



『あの、』



それはまるで、縁台で風に吹かれて涼やかに鳴る、風鈴の音のような。夏の熱い空気を一瞬で吹き冷ますその声は、俺のすぐ隣で聞こえた。

息を呑む俺の前に映るのは、白磁のように透き通るそのまろい頬。


『ボール、…どうぞ』

「あ、ああ。さんきゅ」


つい先ほどまでお前のことを考えていた、などと言えるはずもなく。曖昧に返事をして、そのボールに手を伸ばす。と、


ボールを取ろうとした手の、その指先が、不意に彼女の指先と触れ合った。
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