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十四郎の恋愛白書 1

第20章 No.20


あれからどうやって屯所まで帰ってきたのか覚えていない。気が付けば、道場に一人立っていた。

「フッ!フッ!フッ!」

一人、延々と素振りをする。もう何時間木刀を振り下ろしているのか。外が明るくなってきていた。
別れを切り出した姿、万事屋に抱き締められている姿、黒曜石の瞳から流れる涙、ゆきのそんな姿がエンドレスに頭の中をグルグル回る。

朝日が眩しくなってきた頃、遂にカランと力の抜けた手から木刀が滑り落ちた。ドサッと仰向けに倒れ込む。

「はぁっ、はぁっ、」

無心に剣を振るい続け邪心を振り払うつもりだったが、やはり胸の痛みは取れなかった。

「ゆき…」

自然と口から滑り落ちた。
ずっと傍にいるっていう約束は、嘘だったのか…?あんなにオレに向けてくれた愛情は、演技だったのか…?

ゆきは万事屋の事を想いながらオレに抱かれていたのだろうか。いや、始めからオレは万事屋の代わりだったのかもしれない。
ゆきはあまりにも哀れなオレを放っておけなくて、同情を愛情と履き違えていただけなのかもしれない。そしてやっとそれに気付いたのか…。

「ははっ。情けねぇ…!」

張り裂けそうな胸に、もう笑うしかない。有頂天になっていた自分が滑稽すぎる。

武州にいた頃、惚れっぽい近藤さんがよく女に振られて泣いていた。あの頃近藤さんを慰さめるのはオレの役目だった。
なんて言って慰さめていたっけ…。
確か、“あんたの良さがわからない女なんてロクなヤツじゃない”とか、“いつか運命の相手に巡り会える”とか言ってたな。
今考えたらなんてちっぽけな言葉だ。
それでも近藤さんは涙を流しながら、オレに何度もありがとうって言ってくれた。そして翌日にはまた豪快に笑うのだ。
改めて近藤さんの器の大きさを痛感する。
オレには到底無理だ。
涙を流す事も、誰かに全てを曝け出して慰さめてもらう事も出来ない。ちっぽけなプライドが邪魔をする。
ただ一人、砕けてボロボロの心を抱え込むことしかできない。
自分の心がこんなに弱いとは思わなかった。

…………。

しばらくひんやりとした床板の感覚を感じながらぼんやりとしていたが、そろそろ朝の鍛錬の為に隊士達が道場に集まってくる時間だ。怠い身体を無理矢理動かして起き上がり、木刀を仕舞う。
そして動き出した屯所内の音を聞きながら、道場を後にした。
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