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十四郎の恋愛白書 1

第16章 No.16


「そうじゃねぇ。…ただ、あの女を斬ろうとした時、一瞬ゆきに見えた。あの女が浮かべた恐怖の顔が、まるでゆきがオレに…」

そこまで言って言葉を切った。
万事屋はオレをチラリと見ると、また物色する手を動かしながら口を開く。

「ゆきとそんな攘夷志士の女を一緒にすんじゃねーよ。ゆきは人を傷付けたりしねぇ。ほんで、例えおまえが人斬りだろうとおまえを怖がったりしねーよ」
「 ‼︎ 」

万事屋の言葉に心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。

…そうだ…。
オレはゆきに怖がられるのが恐かったのかもしれない。
総悟との死闘で自分の手には闘いが染み付いていると気付かされた。
この手で幾人もの人を殺めてきた。任務だ、御用改めだと言う名目で、数知れぬ志士達の命を奪った人斬りだ。
何の躊躇いもなく人を斬り捨てられる自分。
この血濡れた手をゆきに払い除けられるのが恐かった。
ゆきに“殺人鬼”と恐怖の目で見られるかもしれないと思うと、足が竦んだ。
だから『巻き込みたくない』という名目で、ゆきから遠去かったのだ…。

自分でも見えて無かった心の奥底に気付かされた。同時に自分の臆病さ加減にほとほと嫌気が刺す。

結局は自分が傷付きたくなかっただけなのか…。

唇を噛み締めた。

握った拳を見る。
拭いきれていない血が爪の間に黒くこびり付いていて、まるで鬼の手のようだった。
あのまま諦めて離れなければ、こんなオレの手をもいつかゆきは受け容れてくれたのだろうか…。

手放してしまった温もりに、心が痛んだ。


そんなオレには構わず、万事屋は相変わらず見舞いの果物をもしゃもしゃ食っていた。
本当にこの男は普段ちゃらんぽらんなくせに、此処ぞという時は人の心の真髄を突いてくる。
ソリが合わないのは相変わらずだが、自分の奥に潜む弱さを気づかせてくれた事には少し感謝の気持ちが芽生えた。「あ、コレ神楽に土産にもらって帰ろ」とか言ってるが、なんとなく咎める気にはならなかった。

ベッドのリクライニングを起こし気怠い身体を凭れ掛からせる。
しばらくバナナを頬張る万事屋を眺めていると、ふと万事屋が真面目な顔でオレを見た。

「多串くん、オレ、ゆきに告白した」
「 ‼︎ 」

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