• テキストサイズ

短編集【庭球】

第75章 君のその手で終わらせて〔真田弦一郎〕


嗚咽が落ち着いてきたと同時に、急に喉の渇きを覚えた。
あれだけ水分を出してしまったのだから当たり前か。
コーヒーを淹れようとヘッドホンを外して立ち上がると、インターホンが鳴った。

誰だろう、ネット通販では久しく何も買っていないはずだけれど。
実家からの宅急便だろうか。
すっぴんな上、鏡を見なくとも泣き腫らしていることがわかるだけに、なおさら出ていきたくない。
居留守を使おうと一度は無視してみたものの、こちらの意向を汲んでくれない呼び鈴は二度三度と執拗に鳴る。

再配達は再配達で面倒だし、と無理やり自分を納得させて、玄関へ向かう。
宗教の勧誘だったら困るから、チェーンをかけたまま慎重にドアを押し開く、と。
はい、と私が応えるより先に「俺だ、大丈夫なのか」という言葉が滑り込んできて、どくん、と心臓が嫌な方向に跳ねた。

──弦一郎、だ。

愛しいがゆえに今だけは聞きたくなかった、凛とした声。
私との関係を終わらせに来たのだろうに、声色からは腹の底から心配してくれているのがありありと伝わってきて。
会いたくなかったという思いと、数カ月ぶりに会える嬉しさとがないまぜになって、胸が苦しくなる。
チェーンを外すために一度ドアを閉めた。
吐き出した息は湿っぽいのにかすれていて、また涙が出てきそうになっているのだと思いながら、再びドアを押す。
その時間さえもどかしいと言うように少しの隙間から指が差し込まれて、ものすごい勢いで開け放たれたドアが派手に金属音を立てた。
暗い部屋にいたせいで妙に眩しくて、思わず目を細める。
「…久し、ぶり」と、かろうじて絞り出した言葉が少し震えてしまっていることに、弦一郎は気づくだろうか。


「……すまない、起こしてしまったか」


泣き腫らした顔を寝起きだと勘違いしてくれたらしい。
「鼻声だな」と言いながら、弦一郎は険しい表情をいくぶん和らげた。
熱はあるのか、と額から頬へと滑る大きな手。
そのあたたかさにいろんな感情が渋滞してしまって、大丈夫だと返すはずの言葉が詰まって出てこない。
/ 538ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp