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短編集【庭球】

第72章 エンドロールをぶっとばせI〔ジャッカル桑原〕


やんわりとたしなめるも「ホテル行こ」の一点張りだった私に根負けして、タクシーを一旦降りたこと。
路上で問いただすと「ジャッカルと行きたいんだもん、だめ?」とストレートに甘えられて、ジャッカル自身酒の勢いもあって舞い上がってしまったこと。
手近なホテルを検索したらここが出てきたこと。

視線を床に彷徨わせながら、そしてとても気まずそうにジャッカルはぽつぽつと言葉を紡いで、最後に「あー…悪かった。合意の上だと思って、普通にこんなとこ来ちまって…」と絞り出すように言った。


「えっ、そんな、だって無理やり誘ったの私だったんでしょ? ジャッカルは何も…、そもそも記憶なくすまで飲んだ私が悪いんだから!」
「でもなんつーか、最後まで、その…しちまったし…」
「ジャッカルは何も悪くないから、悪いのは私だから! ほんとにごめん!」


そこまで直球で誘われたら誰しもホテルへ行くだろうし、「一回きりの後腐れない関係」と割り切って抱くだろう。
ジャッカルに非は一つもないし、後ろめたさを感じさせるわけにはいかない。
頭を下げて手も合わせて、私は全力で許しを乞うた。
「わ、わかったから」という言葉を聞いて顔を上げると、ジャッカルは眉を下げて苦笑いを浮かべていた。
酔いに任せて誰にでも股を開くだらしない女を哀れんでいる表情なのかと思うとやりきれない。
我慢しようと決めていた涙がうっかり出てきてしまいそうになって、慌てて喉の奥を潰すように力を込めた。


「…なあ、マジでまったく記憶ないのか? ほら、断片的に覚えてたりとか」


そんな私の惨めさを知ってか知らずか、ジャッカルはいくぶん声を落としてそう問いかけてきた。
とりあえず今聞かされたことは何一つピンと来ていないし、断片や糸口のようなものの気配すら見つかりそうにない。
今になって取り繕ったところでどうしようもないしな、と思って素直にそう言うと、ジャッカルは少し息を詰めて。
そして大きなため息と一緒に「やっぱ覚えてねえか…」と吐き出しながら、腰掛けていたベッドに倒れるように寝転がった。
反動で少し跳ねたシーツ。
漂ってくる疲労感は、私をひどくいたたまれなくする。
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