• テキストサイズ

短編集【庭球】

第71章 いのち短し 走れよ乙女〔忍足謙也〕


わかりやすい変顔や、有名な芸人さんのパロディのようなものならば、こちらも笑いやすいから問題ない。
困るのは自虐ネタや、誰かを小馬鹿にするようなギャグだ。
知り合ってまだ日の浅いクラスメイトのことを笑い飛ばしていいものなのかどうか、変に笑ったり突っ込んだりすると失礼に当たるんじゃないかとつい迷ってしまう。
まごついているうちに「今の笑うとこやん」とか「ツッコミないんかい!」とか「こっちが滑ったみたいになるやろ」とか言われてしまうと、冷や汗は出るわ心拍数は上がるわで、寿命が一気に縮まるのだ。

私の鈍臭さを咎める一言さえも彼らの笑いの一部なのかもしれないし、私も私で逐一真に受けて気に病まなくてもいいのかもしれないけれど、場の空気を壊してしまうことを申し訳ないと思う気持ちはなかなか消えない。
みんな所構わずボケ始めるから、いつ流れ弾が飛んでくるかわからない恐怖に常に身構えていなくてはいけなくて、下校時間になる頃には疲れ切ってしまうのが常だった。

そのくせ、形くらいはみんなに近づきたいと大阪弁を真似してみようものなら「下手な大阪弁なら使わん方がましやで」なんて、ぴしゃりと怒られてしまう。
いつも冗談ばかり言っているくせにそこだけは真剣なのはほとほと理解できないと思うのと同時に、私は所詮よそ者でしかないのだという事実を痛感させられる。
せめて輪を乱さないようにという切実な願いが単なる空回りに思えてきてしまうのも、致し方ないと思うのだ。



「おはよーさん!」


ため息を吐きそうになっていた私に落ちてきた、辛気臭い思考を吹き飛ばすような明るい声。
それは先月の席替えで隣になった謙也くんのものだ。
早歩きを始めた心臓を感じながら、周りのみんながひとしきり応じるのを待って、最後に「おはよう」と言ってみる。
「おん、おはようさん」と、今度は私だけに聞こえる声でもう一度言った謙也くんの笑顔がきらきらとして見えたのはきっと、彼の席が日の差し込む窓際だから。
あるいは、私が恋をしているから、なのかもしれない。

そう、謙也くんの存在もまた、私の寿命が日に日に縮んでいる要因だ。
/ 538ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp