第2章 月の雫が奏でる調べ 【三日月宗近】
遠征を終えたのは何時もの様に夜遅く、今更急ごうとも時間の無いことには変わりが無い。
ならば、この月下の景色を楽しむのも悪くは無いなと進める愛馬の足を緩めた。
緑の葉の上に零れる月の雫は、まるで天が密かに流した涙のようで、神々しささえ感じてしまう。
夏が近いとはいえ、まだまだ夜の空気はその透明度を変えず、身を洗い流す清流のように肌に軽く触れては通り過ぎていく心地良さ。
ふと耳に届く微かな音色・・・
凛と澄んだ空気の中、溶け込む調べに耳を傾ける。
そよぐ風に運ばれてきたかのように、そっとこの場に落ちる音。
何処から出でて我が元に辿り着いたのか不思議に思いながらも、至極当然のような気がしてきて、左程驚きもせず、その姿に眼を留める。
木々の間、月明かりの中、朧気に浮かび上がる小さな背中。
白く淡い光に、優しく守られているかのような錯覚。
湧き水のような小さなせせらぎに両足を預けたまま、熱心にだがそれでも遠慮がちに、小さな笛を奏でている。
時折、パシャンと軽く足裏で水面を叩き、まるで反射する月光と戯れているような。
どれ程夜闇に紛れようとも、恐らく迷わずに、自分はその姿を見付け出すに違いない。
多分・・・否、きっと
三日月はそんな自分に苦笑しながらも愛馬からそっと降りると、その音色の邪魔をしないようにゆっくりゆっくりと歩み寄って行く。
笛の音に合わせる様に土を踏み、小さな背中が抱き締められるほどにまで近付いて
「・・・また、其処を間違えたな、主」
囁くようにそっと告げると、弾かれた様に振り返る瞳。
その黒曜石の様な漆黒の双眸は、僅かに月の光を浴びて、水を湛えたように潤んで見える。
「宗近!」
自分の姿を認めて驚きの色から安堵の表情へと変わる様を見ると、少しだけ自惚れてしまう。