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連れ立って歩くー干柿鬼鮫ー

第1章 その女


任務で移動するのはいつもの事だ。むしろ一処に落ち着いている方が珍しい。様々な場所に行くし、色んな宿に休んだ。
そこも、ろくに覚えてもいない他の宿と同じ、どこといって変わったところのない凡庸な佇まいで、可も不可もない宿だった。
ただ、あの女が出入り端の狭苦しい形ばかりのホールで、煙草を吹かしながら本を読んでいたのだけが印象に残った。地味で大人しげな女が白煙を吐いているのが妙な気がした。人が通りがかっても目線すら上げない。
生意気な、と思った。
いつもなら女が煙草を吸うくらい何とも思
わない。好きに身体を害すれば良いくらい
の感慨を抱くのみだ。
しかし、この女は違った。何故だか気持ち
が逆撫でられる。反射的に誰かを殴り付けたくなったのは、流石の鬼鮫にも初めての体験だった。しかも相手は見ず知らずの女である。
「イラッとしますねえ・・・」
思わず口をついて出た言葉に、任務の相方である男が筆を走らせていた宿帳から目を上げてこちらを見た。端整な顔立ちが僅かにしかめられている。
「何でもありませんよ。ただイラッとしただけです」
「騒ぎを起こして人目に立つのは好ましくない」
真顔で言うのに、思わず苦笑が漏れた。
「これでも苛ついたくらいで騒ぎを起こすほど馬鹿じゃないつもりですがねえ・・・」
「自重するに越した事はない。ただでさえお前は目立つ」
「人に言えた義理ですかねえ。あなたのその顔も相当目立ちますよ」
「ならば尚更互いに気を付けるべきだ」
涼やかな目をすがめてチラリと本に読み耽っている女を見ると、相方、イタチは不思議そうな顔をした。
「・・・何が苛つくんだって思いましたね?」
黙って見返してくるイタチに、鬼鮫は口角を上げた。
「多分最近大人しくしていすぎたんでしょうよ。まあ、仰る通り自重しましょうかね」
言った瞬間、女が顔を上げた。ひっつめた髪を髷にした、眼鏡の女。何心なく鬼鮫を見、ひょいと儀礼的な会釈をして来たが、無論黙殺する。
それより目があったところで髷を鷲掴みにして壁に叩きつけてやりたい衝動に駆られて驚いた。何だ、この女は。
傍らでイタチが軽く会釈を返した。女は僅かに笑って、また会釈し、本に目を戻す。
「行きましょう」
鬼鮫はイタチを促して歩き出した。このままでは本当に何かやらかしかねない。
何なんだ、この女は。
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