第5章 Exception
「物語の通りには動けないみたい。」
そう言って俯いた。ここは日本でヨーロッパでもなければ、シンデレラはオレンジ色の髪でもない、と真面目な顔で続ける。
とろけるような瞳で警官を見つめるシンデレラを抱き寄せたのは王子だった。
「この者はオレの嫁だ…王妃になる人だ」
警官を捕らえさせ、もがくシンデレラを衛兵に引き渡し、去り際にその手の甲に唇を落とす。
ローズの良い香りがするね、の一言でシンデレラはショックのあまり失神した。
私は王妃になんかならない…絶対にならないんだから。
うわ言のように繰り返すシンデレラを見て白雪姫は絶句した。腕には痛々しい青あざがあり、片方靴がないままに連行されたものだから片足からは流血している。おまけに、しきりに手の甲を擦っている。
震えるその身体をショールでくるんで抱きしめる。
大丈夫だから…大丈夫。
それしか言えない自分に無力感を抱きつつもそうせずにはいられなかった。
いきなりドアが開く。
食事の時間らしい、がシンデレラは所謂ハンストを展開し始めた。
「父に会わせてください。ここから出してください。」
言っても無駄だとは思いつつ言わずにはいられない。食事を差し入れるメイドさんにも無視される有様だ。
ドア際に立っている衛兵に言い捨てる。
「王子にお伝えくださいませ。王妃になる身分もない私をその地位に付けようとする理由をおきかせねがいたいと。」
ずっと憧れてた。「好きだ」だなんて期待してはいけないし、その気持ちに自分は答えられない。たとえ日本男児が不器用でも、相手を愛してやまないなら言うべきことがあるはずだ。結婚というのは両性の合意のもとで成り立つ一種の契約だ。
そしてシンデレラの中には警官の安否を気にする気持ちが段々と大きくなってきて彼女の大半を占めるようになってきていた。