第41章 はるかぜとともに(澤村大地)
「良い物件ですよ」
おじさまは両手を後ろで組んでニコニコしている。「立地の割に家賃も手頃ですし。ただ、いまは1階しか空いてなくてね」
バタバタと歩き回っていた私の動きが止まる。
1階、それだ。
それが私を悩ませていたのだ!
部屋探しを始めるまで私は知らなかったのだけど、1階の部屋って、女の子が暮らすにはあまりよろしくないらしい。
日当たりが悪い、とか、景色が良くない、とか、下着泥棒と虫が出やすい、とかなんとかかんとか。
躊躇してしまう。どうしようかな、と迷う。素敵な部屋だと思うけど。1階って、そんな悪いのかな。
即決できない。注意深く、周りを観察してみる。
少なくとも、日当たりの心配はないみたい。だって自然光だけでこんなに部屋が明るいんだもの。お洗濯物もきっと外に干したら良く乾く。景色だって、私には関係無いよ。普段から窓の外なんて眺めていないし。
でも、どうなんだろう。自信がない。やっぱり、お母さんに頼んで一緒に来てもらった方が良かったかなぁ。
電話して聞いてみようかな、と考える。でも、ダメダメ、これから私は大学生で、できるだけ自分で生活していかなくちゃいけないのに。部屋だって、自分で選んで決めなくちゃ。
雨戸の開けられた窓からは春の風がそよそよと入り込んでくる。外は垣根のようだ。道路を歩く人の目線からは隠れる。泥棒は入りにくいかも。でも、虫かぁ。緑が多い場所だし。虫は嫌だな。お化けが出るより嫌かもしれない。
むむ、と窓から外へ顔を突き出す。
その時、見つけてしまった。
猫がいる。
2匹。
隣の部屋の窓の下で、日向ぼっこをするようにごろごろしている猫がいた。そして、それを内側から窓べりによりかかるようにして眺めている男の人も。
びっくりして固まっていると、その人が振り返った。黒い短髪が似合う大人っぽい顔つきで、私が凝視していることに気が付くと、驚いたように目を見開いた。