第3章 弱虫ペダル
「…はぁ」
手元にある紙を眺める。そこには、鉛筆で描かれた線が幾十にも重なりあっていた。
「どうしようかなぁ」
紙を放り投げて、机に突っ伏す。
「小鳥遊?」
「ぅえっ⁉︎」
背後から声をかけられ、ビクリと肩が揺れる。慌てて振り向くと、同じクラスの福富君がいた。
「え、ふ、福富君?」
「…どうしたんだ?」
「な、何が?」
「紙が落ちてる」
「あ、ごめんね。今拾うよ」
私が席を立つより早く、福富君が紙を拾い上げた。福富君は絵をじっくり見て、首を傾げた。
な、何か変だったかな?
「これは、自転車部か?」
「う、うん、そうだよ」
「何で途中までしか描いてないんだ?」
え、と福富君の顔を見ると、最初から変わらない無表情だった。鉄仮面と言ったのは誰だったか…。今なら言った人の気持ちが分かる気がする。
「あー…、描いてないんじゃなくて、描けないんだよ」
「どういう事だ?」
苦笑いで、さっきあった事を話す。
「それ、空き教室で描いてたんだけど、先生に鍵閉められちゃって。良く見える良い場所だったのになぁ」
「……」
「福富君?」
福富君は手を顎に添えて、何かを考えている様子だった。
「小鳥遊」
「え、何?」
「自転車部の部室で描かないか」
驚いた。確かに、部室なら細部まで良く見えるけど…。
「良いの?」
「あぁ。」
「ありがとう!」
軽く頷く福富君に、自然と笑顔になる。
ずっと怖そうだと思っていたけど、勘違いだったな。寧ろ良い人だ!
「じゃあ明日から宜しくね!」
「あぁ」
そう言って、福富君は背を向けて歩いていく。
文化部は終わったが、運動部はまだやっているのだろう。
「小鳥遊」
思い出したかのように、福富君が私の名前を呼んだ。
「なぁに」
上機嫌に返事をすれば
「絵の完成を楽しみにしている」
と言って、教室を出ていった。
「…え?」
福富君に言われた言葉と、目元を緩め笑った顔に体が固まる。
「…暑い」
手を顔に当てると、いつもより熱を感じた。心臓の音が、教室に響いてるみたいに大きく聞こえる。
「…なんだ、これ」
これから福富君の顔、まともに見れないかも…。
END