第5章 テラフォーマーズ
例えば、親だとか、社会だとか、この世は従わなくてはならないコトばかりだ。だから、この唯一支配できる存在が愛おしいと思う。
「アドルフ、…好きだよ」
「…ッ!」
愛を囁いただけで真っ赤になるアドルフは、少し恥ずかしそうに目を伏せる。頬から顎まで優しく撫でてやると、戸惑ったようにうろうろと視線が彷徨う。
「…アドルフ」
甘く、甘く、囁く。過去の女を忘れるように、逃げたいと思わないように。噎せ返る程に優しく、その鍛え抜かれた身体を抱きしめる。
「愛してる。貴方だけを、愛してるの」
「……ああ。俺も、愛してる」
切なげな声に思わず泣きそうになってしまう。私を抱き返す腕に、胸が震える。まだ、ほんのりと赤い頬に唇を寄せる。
「ねぇ、名前を呼んで」
頬から喉へ、喉から胸へ、ゆっくりと唇を落としていく。気持ち悪いと思っていた彼の傷が、今はこんなにも愛おしいと思う。
「…夕凪」
名前を呼ばれれば、心の底から喜びが溢れ出す。
「もっと。もっと、呼んで」
「夕凪、夕凪…」
アドルフに口付け、さっきよりも強く抱きつく。このまま、抜け出せないようになってしまえばいい。私から離れられなくなってしまえばいい。
「もっと私を愛して。もっと名前を呼んで。…もう、離れないで」
「……夕凪。安心しろ、離れるなんてことしない。ずっと愛してる」
子供の時のように、にいなくなってしまった貴方を、もう追いかけたくはない。あんな悲しい思いは、もうしたくない。ボロリと溢れた涙を掬うように、優しく目元を拭われた。…貴方は一生気付かないでしょうね。大人になって、再会した時に見た貴方は変わり果てた姿だった。私の知らないとこで成長したんだと、無理矢理気付かされた時の絶望を。結局のところ、支配されてるのは私の方で、執着してるのも私の方。
「……なんで。なんで私なのよ!」
「………」
でも、私を選んだのは貴方。なのに、哀しそうに私を見る貴方に酷く苛ついた。
END