ども、Namakoです。
更新お休みしてしまってすいませんm(_ _)m
そんな中でファン登録して下さった方がお二人。
ありがとうございます。
さて、今日は母の日。
なので、ちょっと私の母について…
私の両親は、私が幼い頃に親の勝手な都合で離婚をし、私は弟と共に父の元に、まだ小さかった妹は母に引き取られることになりました。
所謂“父子家庭”ってやつです。
でも、仕事人間の父に1人で子育てなんて出来る訳もなく、結局私達親子3人は父方の祖父母の家にお世話になることになりました。
祖父母は内職仕事の傍ら、私と弟を我が子のように育ててくれました。
寂しくないように、片親だからと惨めな思いはさせないように、と常私達のことを気にかけ、苦しい生活の中、何不自由ない生活をさせてくれました。
入学式、卒業式、授業参観、運動会…祖母は母の代わりに欠かさず参加してくれました。
だから私は“お母さんが欲しい”なんて、思ったことは一度だってなかった。
だって私にとって祖母は、本当の母親以上の“母”でしたから。
その祖母が先日他界しました。
数え年で98歳。
大往生です。
祖母は昨年の夏、あの暑さに負けて体調を崩し、それから年が開けるまでは入院、その後老人ホームに入所していました。
98ですからね…
当然介護が必要になってくるわけです。
でも私はもう家を出ている身(何より私にも家族がありますから…)だし、夜夜中まで付き添うことは出来ず、男所帯では満足なお世話が出来ないと判断した結果、老人ホームのお世話になることを、本当に苦渋の決断ではありましたが、決めました。
老人ホームに入所して役4ヶ月。
祖母はみるみる元気を取り戻し、お友達も沢山出来、会いに行くと必ずと言っていい程、毎回食堂で“女子会”なるものを開いていました。
社交的で、賑やかなことが大好きな祖母らしいです。
行けなかったトイレにも、自分の足でたって用を足すことも出来るまでになりました。
そんな中での施設からの連絡…
深夜にも関わらず私は片道1時間の距離を車を走らせました。
施設から連絡を頂いた時点でもう呼吸は停止した状態だったので、最期の瞬間に立ち会えたいことはわかっていました。
それでも少しでも早く祖母の傍に行ってあげたい。それだけを思っていました。
祖母はとても穏やかな顔をしていました。
とても98には見えない、とても可愛いお顔です。
そして昨日、無事祖母を見送ることができました。
私と弟は相談の上、祖母の棺にピンクのカーネーション(可愛くラッピングされた)の花束を入れました。
祖母にしてあげられる最期の“母の日の贈り物”です。
若気の至りで、いっぱい迷惑をかけました。
心配もかけました。
「ありがとう」なんて言葉では語り尽くせない程の感謝と、愛を込めてね…
だから私今不思議と悲しくないんです。
そりゃ寂しい気持ちはありますよ?
でもちゃんと自分の気持ちを伝えられたから、その分心の中が満たされてるんです。
Namako流に言えば
「潤い過ぎて蕩けるぐらいにヌルヌル」
なんです。
全然干からびてませんからね?
…って、私何が言いたいのか分かんなくなってきたので、この辺で終わります。
暗い話でごめんなさいm(_ _)m
皆様、
素敵な“母の日”お過ごし下さいね(^-^)
Namako
日記へのコメント
http://dream-novel.jp