日記
「願い事?」
折り紙の短冊と、ボールペンを押し付けられた流川は、眉間にシワを寄せた。
「うん。今日は七夕でしょ」
「知ってる」
何故訝しげな顔をしているんだろう。
そう思っていると、流川は青い色が染められている方の面を上にして、机替わりにしているカバンに置いた。
「まさかそっちに書くつもり?」
「こっちが表だ」
「普通は白い面に書くでしょ?」
「イヤ、こっち」
「でも、それじゃ文字が読みにくいでしょ」
すると、流川はブスッと不機嫌そうにした。
「裏に書くのはコソコソしてるようで気に入らねー」
そ…そういう問題か?
まあ、好きにすればいいが。
バスケ部の練習が始まる前の、わずかなひと時。
どちらから約束したわけでないけれど、なんとなく毎日会うようになった非常階段には、どことなく夏の匂いが漂う。
「………」
流川はボールペンを握ったまま、まるで文字の書き方を忘れてしまったように固まっている。
「だから、願い事を書けばいいんだよ」
「…何を書けばいいのか、わかんねー」
綺麗な顔をしてるくせに、脳みそはバスケで埋め尽くされているからかな。
あまり考えたことがないのかも。
「何でもいいんだよ? 例えば、全国制覇とか」
「それは自力で叶えること」
「じゃあ、健康でありますように、とか?」
「そんなの、願うまでもねー」
「バスケがもっと上手くなりますように、とか」
すると、流川は少し気分を害したのか、そっぽを向いた。
そうだ…
強くなるために、
上手くなるために、
誰よりも誰よりも努力してるのに、他力本願なんかには絶対したくないよね。
「ごめん、流川」
謝ると、ちらりと切れ長の目をこっちに向けてきた。
さらに機嫌をとるために頭を撫でる。
座ってるからといって、身長差が20センチ以上もあるから一苦労だ。
「じゃあ、私とずっと一緒にいられますように、とかは?」
「…却下」
なっ!この頑固者!
いつまで拗ねて…
頭でもはたいてやろうかと構えると、逆に撫でられた。
バスケットボールを軽々と掴む手は大きくて、頭がスッポリと収まってしまう。
「絶対に離れるわけねーから、短冊に書くのもめんどくせー」
「わからないよ、何があるかわからないし」
「わかる。何もねー」
「流川がアメリカに行ったら?」
「関係ねー」
「流川が別の人好きになるかもしれない」
「ありえねー」
「私が別の人好きになるかもしれないし」
「誰にもわたさねー」
「………」
「好きなヤツに年に一回しか会えねーような根性ないヤツらに願い事するのが気に入らねー」
「は?」
「ほんとに好きなら、川だろうが何だろうが乗り越えればいい。オレならそうする」
淡々とした口調で、どうしてそんな直球な事を言えるのだろう。
真っ直ぐすぎる視線も、逆に目を逸らすことができない。
そんな流川が不思議で、むしろ笑えてくる。
その自信はいったいどこから来るの、天上天下唯我独尊男。
まだ短冊と睨めっこしてる流川に寄りかかって、肩…というか二の腕の辺りに頭を乗せた。
「じゃあ、流川にとって怖いこととかないの?」
「おめーはあるのかよ?」
「あるよ。流川がケガをしてバスケができなくなったらどうしよう、とか」
「…おめーのことじゃねーだろ」
「私のことだよ。流川が苦しんでるところなんて見たくないから。だから…」
大きな手。
どうか、夢を少しも零すことなく掴むことができますように。
「私は自分のためじゃなくて、流川のために願い事を書くよ」
無愛想な顔が、少しだけ変わった。
そして、小さな声でつぶやく。
「どあほー」
毒づくわりには、ちょっと嬉しそう。
そんな流川がやっぱり好きだと思った。
すると、何か思いついたのか、短冊に何やら書き始める。
そして、こちらに向かって差し出してきた。
「もう練習が始まる時間だから行く。これをどっかにぶら下げとけ」
「うん」
何が書いてあるのだろうかと短冊に目を落とそうとすると、アゴを掴まれて上を向かせられる。
「まだ見るんじゃねー」
ちょっと強引に、唇にキスをされた。
隠す方法なんていくらでもあるのに。
ほんと、直球で不器用だな。
体育館に向かう、大きな背中。
頭の中はバスケで一杯なんだよね。
でも…どうか、そのままの君でいて。
好きなものには、どこまでも直球で一途。
そんな流川が大好きだから。
天の川。
サラサラと軒端に揺れる笹の葉。
二枚の短冊には、二人の想いが詰まっていた。
ピンク色の短冊には、
流川の願いがすべて叶いますように、と白い面に。
青色の短冊には、
アイツの願いがすべて叶いますように、と青い面に。
キラキラと輝く星が、空から見ていた。
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