思えば、あいつの背中を見た事が無かった。
“おれも連れてってくれよ!! 友達になろう!!”
とにかく弱虫で、泣き虫で、甘ったれで。
毎日しつこくおれの背中を追いかけてきたガキは、独りぼっちだった。
おれと同じように…
海賊王の血を引くおれは、誰からも疎まれ、憎まれる存在。
それでもお前はおれがいないと困るのか?
おれに生きていて欲しいのか?
“当たり前だ!!”
そう答えたあいつの声はとても強く、その瞳はとても真っ直ぐで…
おれに「生きていてもいい」と言っているんじゃない。
おれに「生きていて欲しい」と望んでくれて…
あの時初めて、誰かに必要とされる温かさを知った。
身を寄せ合うようにして育ったおれ達の夢は、海賊になること。
お互い、17歳になったら出航しよう。
“頑張れよー!! エース~~!!”
船出の日。
コルボ山の海岸から見送ってくれたあいつは、おれの背中に向かって、いつまでもいつまでも手を振っていた。
───いつか必ずエースに追いついてみせる!
おれの背中の向こうに大きな夢を見据えていた、純粋な瞳。
あの時初めて、誰かに道を示すべく生きる誇らしさを知った。
3年後、あいつもおれの背中を追うように大海原へ船を出した。
“待ってろよエース!! すぐに追いつくぞ!!!”
海は世界を一つに繋ぐ。
その声は、どこにいても潮風に乗っておれの所に届いていた。
グランドラインという海は、一つの波を越える事がとても難しい。
それでも独りぼっちだったあいつが、最高の仲間に出会えたように…
“おれの息子になれ!!!”
おれも生まれて初めて“親父”と呼べる男に出会い、そいつらの為なら命を懸けたいと思える仲間ができた。
これから本当の旅が始まる。
そう思っていた矢先、一つの荒波によっておれの冒険は終焉を迎えた。
“お前の父親は!!! 海賊王ゴールド・ロジャーだ!!!!”
世界はこの身体に流れる血を許してはくれなかった。
処刑台の上で死を享受したのは、生きる事に疲れたからじゃない。
親父のため、仲間のために、生きる事を諦めるしかなかった。
それなのに───
“エース~!! 助けに来たぞ~~!!!”
鬼の子の命を助けるため、悪名高い大海賊や大犯罪者とともに戦禍の中央に現れた時は我が目を疑った。
そして、ただ願った。
おれのために死なないでくれ。
お前を道連れにしてしまったら、おれは自分を許せねェ。
“おれは弟だ!!!!”
弱虫で、泣き虫で、甘ったれだったあいつが。
おれの背中ばかりを追いかけてきたあいつが。
いつしかおれの背中を守るまでに成長していた。
“もうジタバタしねェ…みんなに悪い”
おれが享受するのは死ではなく、親父、仲間、弟がもたらす未来。
あの時初めて…誰かに愛される喜びを知った。
ありがとう。
愛してくれて…ありがとう。
───頂上戦争から2年。
猛獣ひしめくルスカイナ島で修行を積んだあいつは、麦わら帽子の前に立っていた。
大きな悲しみを乗り越えたその瞳には、一切の迷いがない。
2年間一度も被る事のなかったその帽子を手に取った瞬間から、止まっていた冒険の針は再び動き出すだろう。
「…………」
お前は今、何を思う?
仲間の事か。
夢の事か。
それとも…
「エース」
それは最後の別れの言葉か、それとも決意の表れか。
あいつはおれの名を呼んだ。
甘ったれ、何をグズグズしてるんだ。
仲間が待っているだろ。
麦わら帽子を見つめたまま動かない背中を、ポンッと押す。
すると、あいつは驚いたように後ろを振り返った。
「…エース?」
おれはお前にとって、“救えなかった命”じゃない。
悲しい記憶なんかにするんじゃねェぞ。
おれの分まで冒険しろとは言わない。
おれも十分、楽しんだし、幸せだった。
誰よりも自由に楽しんでこい。
そして、ゴールド・ロジャー以外、誰も果たせなかった海賊王になれ。
おれの声が届いたのか。
あいつは麦わら帽子へ向き直すと、それを誇らしげに被る。
「見ててくれ、エース。おれはやるぞ!」
あいつは微笑んでいた。
ゾロ、ナミ、ウソップ、サンジ、チョッパー、ロビン、フランキー、ブルック。
最高の仲間が待っている。
再出航の時は近い。
お前はもう“出来の悪い弟”なんかじゃない。
おれに温かさを、誇らしさを、喜びを教えてくれた。
「ルフィ、お前はおれとサボの自慢の弟だ」
だから見せてくれ。
大海原を行く、お前の背中を。
誰も辿り着けなかった、夢の果てを。
さァ、行ってこい、ルフィ!
冒険の海へと───
Fin.
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