第4章 自我の崩壊
瑠維が倒れた後、佐々木はすぐに救急車を呼んだ。
体が痙攣しているわけでもなければ、目立った外傷も見られない。
ただ、内臓が破裂したのではないかと怖くなるほど、口から血が溢れだしている。
血で隊服が鮮やかに染まる。
それと同じように、瑠維の唇も鮮血で染まっていった。
このまま死んでしまってもおかしくない。
そんな状況下で、佐々木は冷静に瑠維の容体を観察していた。
それは興味本意でもなんでもなく、自分自身の立てた仮説が正しいのかそうではないのかを考えているだけだったのだ。
瑠維の体が、心無い実験の成れの果てだと言うことを知っている者は数少ない。
佐々木は、幕府の上層部との付き合い方が上手いため、そんな情報を手に入れるのは造作もないこと。
まあ、そう言ってしまうと、誰よりも情報を握っているのは佐々木だと感じるが、実際にはそうではない。
もっとも多くの情報を握っていたのは紛れもない、瑠維。
その美貌と権力、腕っぷしに敵うものなど世界に存在するのかさえ微妙なほどだ。
男を惑わせ、言葉の節々に誘うように甘美な毒を惜しげもなく塗り込む。
それにかかった獲物は、自分が踊らされているのも知らず、瑠維に根こそぎ機密情報を持っていかれる。
なんとも恐ろしい女。
だが、そんな女が目の前で生と死の瀬戸際のさ迷っているとはどうしても思えなかったのだ。
美しい顔立ちは苦痛で歪められているわけではなく、眠っているように穏やかだった。
そんな物思いに耽っているうちに、待ちわびていた救急車は狭い路地裏に、窮屈そうに身を歪めて入ってきた。
そのまま瑠維は担架に乗せられ、ストレッチゃーへと移される。
佐々木も迷うことなく同行することにした。