第16章 雄英文化祭編
一通り校内を回り終え、おもちがエリを抱いたままA組の教室へ戻ってくると、練習に励んでいたクラスメイトたちが一斉に顔を上げた。
「おかえりー!」
芦戸の伸びやかな声に続き、あちこちから「おかえり」「どうだった?」と明るい声が飛んでくる。
「ただいま」
いつものように微笑みながら答えたおもちは、腕の中へ視線を落とした。
「……ふふ」
エリは、いつの間にかすやすやと眠ってしまっていた。
小さな胸が規則正しく上下し、長いまつ毛が頬に影を落としている。歩き疲れたのだろう。すっかり安心しきった寝顔は、先ほどまで一生懸命に話していた姿とはまた違って、あどけなかった。
ただひとつ、おもちのシャツの袖を握りしめた小さな手だけは、眠ってからも変わらなかった。
まるで、目を覚ましたときにまたいなくなってしまうことを恐れているかのように。
おもちはその手を見つめ、そっと目を細めた。
「エリちゃん、寝ちゃったんだね」
隣にいた通形が、声を潜めながら微笑んだ。
「よっぽど、おもちさんの胸の中が安心するんだろうね」
「……そうだと、嬉しいわ」
答える声は、普段よりもずっと柔らかかった。
エリにとって、自分はどんな存在なのだろう。
あの場所で出会い、ほんのわずかな時間を共にしただけの人間。それなのに、こうして再会した途端、迷うことなく胸に飛び込んできてくれた。
そして今は、袖を握りしめたまま、安心しきって眠っている。
その小さな信頼が、胸の奥をじんわりと温めた。
「起こすのもかわいそうだし……」
耳郎が眠っているエリをちらりと見てから、教室の隅を指さした。
「隅の静かなところで、エリちゃんが起きるまで休んでなよ。こっちは練習してるけど、なるべく騒がしくしないようにするからさ」
「ありがとう。そうさせてもらうわね」
おもちは感謝を込めて微笑むと、教室の隅に置かれていた椅子へゆっくりと腰を下ろした。