第16章 雄英文化祭編
一方、おもちは階段を上り、自室へ向かっていた。
さすがに夜遅くまで練習したせいか、身体には心地よい疲労が残っている。
明日は休日。
朝は少しゆっくりできるだろう。
そんなことを考えながら廊下を歩いていた彼女は、ふと足を止めた。
――後ろに、誰かいる。
気配を悟らせずに距離を詰める足音。
公安で培った習慣が、無意識にそれを拾い上げた。
振り返る。
そこにいたのは、やはり爆豪だった。
「……爆豪くん?」
彼女は一瞬きょとんとした。
ロビーで別れたはずなのに、どうして自分の後ろにいるのだろう。
少し首を傾げてから、柔らかく微笑んだ。
「おやすみなさい?」
問いかけるような挨拶。
その瞬間だった。
爆豪が一歩、踏み込んだ。
「……っ」
背中が壁に触れる。
彼の腕が、おもちの顔のすぐ横へつかれた。
いわゆる壁ドン。
突然の行動に、彼女は目を見開いた。
爆豪の身体が覆いかぶさるように近づき、逃げ道を塞いでいる。顔を上げれば、すぐ目の前に彼の顔があった。
「……爆豪くん?」
もう一度、彼の名前を呼ぶ。
いつもの彼なら、苛立ちを隠そうともせずに怒鳴るか、ぶっきらぼうに用件を告げるだろう。
けれど、今の彼は違った。
赤い瞳が、まっすぐに彼女を捉えている。
獲物を見つけ、逃がすつもりなどない捕食者のような眼差し。
冗談でも、気まぐれでもない。
その目を見た瞬間、おもちは言葉を失った。
爆豪の手が動いた。
指先が、彼女の頬にそっと触れる。
そのまま輪郭をなぞるように、ゆっくりと首筋へ滑っていった。
乱暴さはない。
けれど、普段の彼からは想像もできないほど、ためらいのない仕草だった。
「……無防備にも程があんだろ」
低い声が、静かな廊下に落ちる。
「男の肩に寄りかかって、あんな格好で……。挙げ句の果てに、あんな声で名前呼びやがって」
「……」
爆豪の眉間に皺が寄る。
怒っているようにも見える。
けれど、その奥には、もっと別の感情があった。
「……俺のこと、男として見ろや」
その言葉に、おもちの呼吸がわずかに止まった。