第1章 五条悟
【子守唄】
夜中の2時。五条は、机に積み上がった書類を前に、珍しく眉間に皺を寄せていた。
「…あー、もう。終わんないんだけど、これ」
普段なら軽口のひとつでも叩く五条が、今夜ばかりは疲れ切っている。目隠しを外し、白い髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
「悟、まだ寝ないの?」
「んー。これ終わったらね」
いつもの口癖。けれど、そのこれが終わった試しはない。ロロはそっと彼の後ろに回り、肩に手を置いた。
「じゃあ、私が子守唄を歌ってあげる」
「…は?なにそれ。僕、子供じゃないんだけど?」
「知ってるよ。でも、眠そうだもん」
「最強の五条悟が、子守唄で眠ると思う?」
「思う」
「即答!?」
けらけら笑う五条を無視して隣に座った。そして、静かに歌い始める。
「ねんねんころり、夢の中。今日も一日、お疲れさま。もう何も考えずに、おやすみなさい…」
五条は最初こそ笑っていたけれど、次第に口を閉じた。ロロの歌声が、夜の静けさに溶けていく。
「…悟?」
返事がない。見れば、ロロの肩に頭を預け、すっかり目を閉じていた。
「えっ、本当に寝ちゃったの?」
「…寝てない」
くぐもった声が返ってくる。
「起きてるもん…」
「ふふ、そっか」
「…もう1回、歌って」
「いいよ」
再び歌い始めると、五条の腕がロロの腰に回った。
「…どこにも行かないで」
「行かないよ」
「絶対?」
「絶対」
「…ん。じゃあ、もっとくっついて」
普段は誰よりも強くて、誰にも弱みを見せない人。そんな五条が今は、ロロの声だけを頼りに眠ろうとしている。歌い終わる頃には、五条の寝息が聞こえてきた。ロロがそっと立ち上がろうとすると、腰に回された腕に力がこもる。
「…悟、寝たんじゃないの?」
「…寝てる」
「起きてるじゃない」
「…寝てても、離したくないの」
小さな声でそう呟き、ロロの服をぎゅっと握った。思わず笑みがこぼれる。
「おやすみ、悟」
ロロは五条の額にそっとキスを落とした。すると、眠っているはずの五条が、嬉しそうに口元を緩める。
「…明日も、歌ってね」
「うん。何度でも」
最強の呪術師を眠らせることができるのは、きっと世界中で、ロロの子守唄だけ。