第8章 考察
私の体験は以上のとおりです。ここからは、私自身の考えを述べてみたいと思います。
もし、この一件をご自身の見方で考察されたい方がいらっしゃれば、この先は読まないほうがいいかもしれません。
そもそも、私がこの話を考えよう、もしくは、考えなければならないと思ったのは、『K実が本当に怪異に遭ったのか、それとも別の何かが起きたのか』という疑問からでした。もちろん、K実の最後の補遺にあったことは当然私も疑問に思っていましたし、その疑問に対する考察もK実のものは妥当だと考えました。
ここからは私の考えの整理の意味も込めて、K実が挙げなかった疑問について、考えていきたいと思います。
1 G氏が起こした『間違い』とは何だったのか?
2 K実が経験したことは本当に【磯撫デ】の仕業だったのか?
3 K実はなぜ死んだのか?
鈴本氏によれば、G氏は間違いを犯したとのことです。その『間違い』が起きたのは12年前でしょう。そして、その時にあったことといえば、G氏のオジ(叔父、伯父、どちらかは不明です)が行方不明になったことでした。
もともと豊漁祭は山の幸、特に必要とあれば肉を供物にする祭でした。K実が考えたように、それはマヤやアステカにおける『生贄』と類似した考え方です。肉食で神は若返る、というわけです。
大胆な仮説を考えます。
12年前までは、豊漁祭の神はせいぜい食すとしてもイノシシなどの肉だったのでしょう。もし、ここで誤って人肉を与えたとしたら?イノシシなどよりも人肉の方が生贄としては上位でしょう。一度与えられてしまった人肉・・・神は以降、イノシシなどを受け取らなくなる・・・そう考えると鈴本氏の「用をなさなくなった」の言葉は違った意味に捉えられます。
今までの豊漁祭のやり方では『意味がなくなった』・・・と。
つまり、12年前、何らかの過ちでG氏はオジを神である【磯撫デ】に捧げてしまった。もしかしたら何らか誤って殺してしまったオジの死体を海に投げ込んだか、岬にあるという神社に隠したのかもしれません。ああ、考えてみれば後者の方がありそうですね。神社は代々網元のG家が管理しているのですから、他人は入ることができない。死体を隠すのにはうってつけだった・・・のかもしれません。
G氏は『隠した』つもりが、神の立場からすれば『捧げられた』となったとしたら?
