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天狐あやかし秘譚

第50章 一殺多生(いっさつたしょう)


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【一殺多生】一人の悪人を犠牲にして、多数の者を救い生かすこと。
悪人ひとりの命で大勢救えるなら、そっちのほうがいいじゃん、みたいな。ホント!?
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「いつまで、閉じ込めておく気だ?」
男は天井を仰いで言った。
「あんなところに閉じ込めたって、無駄だってこと、あんたも分かってるはずだろう?」
大きく重厚な木造りの平机を間に挟んで二人の男が対峙していた。ひとりは今発言した30代前半くらいの男。顔の半分が赤黒く、醜く爛れている。室内だというのに、漆黒のコートを脱ぎもしていなかった。

その男と向かい合う、もうひとりの男とは、この家の主、名越だった。
「貴様・・・よくもぬけぬけと・・・」
忌々しそうに唇を噛む。だが、名越は理解していた。たとえ自分がこの男に襲いかかったとしても、全く勝負にならないということを。

「逃げ回ってるみたいだが、結局、お前は選ばなきゃいけないんだよ。
 自分の命を捨てて、村人の命を救うか、
 自分可愛さに、村人を犠牲にするか。
 いや、村人だけじゃ済まないかもしれないねえ・・・
 日本中で、何人死ぬか?何百人?いいや・・・何万人かもなあ」

くっくっく・・・男は嗤う。その目は嗜虐心に満ちていた。

「あ、そうそう・・・もうすぐここに陰陽師がくるよ。
 そいつらが来るまでに決断しなきゃ・・・あんたは何もかも失うだろうなあ。
 そうだよ・・・そう、俺を見捨ててまで救おうとした・・・
 いちばん、いちばん大事にしている・・・娘すらね」

男は立ち上がり嗤った。
名越は、膝の上で拳を握りしめ、身を震わせることしかできなかった。
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