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天狐あやかし秘譚

第120章 純粋一途(じゅんすいいちず)


多分、捕まってしまえば今度こそ喉笛を噛み切られ、生きたまま食われてしまう・・・そう思うに足るほどのぬめるような重苦しい威圧感に、背筋がゾワリと粟立ってしまう。

先行きの道は暗い。時折、街灯があるにはあるが、その光は不気味にくすんでいた。それはおそらく、ここがあの獣にとって有利に作られている『異界』であるからだろう。

はあ・・・はあ・・・はあ・・・

足を止めるわけにはいかない。隠れて休むこともできない。
走るペースがまた落ちてきた。獣との距離が縮んでいるのを肌で感じる。

しょうがない・・・もう一度・・・

私はスマホを後ろ手にかざし、カメラのシャッターを切る。

パシャ!

一瞬溢れ出す光に、背後の獣がうめき声を上げ立ち止まる。
その隙に、少しだけ休み、また走る。

この作戦を考えた当初はスマホの電池の消耗を心配したが、その前にこちらの体力が切れてしまう気がする。

足がガクガクと震えだしている。普段運動らしい運動をしていない私の体は、この極限状態の鬼ごっこで悲鳴を上げ始めていた。

お願い!早く誰か来て!!

ぜえぜえ、ハアハアと息を切らせながら、なんとか細い道を抜け、暗い木立をかき分けていく。そして、ガサリと音を立てて飛び出した先で私は呆然と立ち尽くしてしまった。

え・・・嘘・・・

そこは円形に開けた場所であり、中央辺りに三角形に区切られた土の結界に守られた母が横たわっていた。つまり、そこは先程私が獣から逃げるために後にした所、そして今、私が出てきたところは『さっき女の子が逃げていった方向』だったのである。

たしかに私と女の子は反対側に逃げたはず。そして、私はまっすぐに逃げていった。つまり・・・つまりこの空間は・・・。

「何だ・・・逃げぬのか?」

円形の広場、母を挟んで反対側からあの獣の声がする。
ガサリと長く黒い足が現れ、ついで、腕が、そして、全身が現れた。最後に森から抜け出してきた腕は、ぐったりうなだれた女の子の首根っこをぐいと掴んでいた。

「オレの結界から、そう簡単に逃げ出せると思うなよ?」

フシュウウウウウ・・・・

獣臭い息を吐いて、銀の目を持った黒い異獣は・・・ニタリと顔を歪める。
頭上には、赤い月が私たちを嘲笑うかのように、先ほどと同じ場所に張り付いていた。
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