第90章 生離死絶(せいりしぜつ)
『太上老君 太上丈人 三師君夫人 門下典者 神省を垂れよ
春三月寅卯辰の呪を祓え 東方九夷甲乙君
夏三月巳午未の呪を祓え 南方八蛮丙丁君・・・』
左前は己が呪力を高め、手にした『水天鏡』に流し込んでいく。
水は清濁飲み込んで大海に流れる性質上、あらゆるものを内に込め、溶かし、最後には大きな力を孕むに至る。そのため、水の呪法の最も大きな特徴は、『溜め』と『放ち』である。
土門が隙を作る中、左前は十分に気を練り、呪力を高めていっていた。
水天鏡に収束しつつある呪力量は、緋紅をして、脅威を感じさせるに十分なものだった。彼の項がそこに蓄えられた呪力にビリビリと反応する。
ーこれほどか!?なんてことだ・・・ちょっとした神宝の一撃に匹敵する・・・
『秋三月申酉戌の呪を祓え 西方六戒庚辛君
冬三月亥子丑の呪を祓え 北方五狄壬癸君
四季月の呪を祓え 中央三秦戊己君 』
呪言は呪力を吸収して編み上がり、それが水天鏡で増幅されていく。
『二十八星宿 星宿真君 三天遐邈(さんてんかばく) 正気悠遠 鬼官滅没・・・』
ーあれをそのまま撃たせたら・・・さすがに・・・まずいっ!
神力の解放を・・・と思ったのだが、先程までの夜魂蝶の妨害効果が未だに空間に満ちていて、うまく力を収束させることができない。
『泰山府君の命なり 急ぎ急ぎて命に従い行為せよ!』
ーまずい!防御を!!
「黒海 滅法解呪詛章瀑!(こっかい めっぽうかいじゅそしょうばく)」
爆発的な青い光が水天鏡から溢れ出した。それは、瞬く間に悪鬼滅殺の大瀑布となってうねり逆巻きながら緋紅に襲いかかる。
ーダメだ・・・間に合わない!
八握剣による防御が間に合わないと踏んだ緋紅は首から下げた、もう一つの神宝、道返玉(ちがえしのたま)に念を込めた。八握剣と同じようにこちらも神力の収束が遅いと感じたが、ギリギリ人ひとりが通れればいいと、考えたのだ。
ゴオッ!
蒼き水の奔流が緋紅を呑み込む。『やった!』と土門は無邪気に喜ぶが、左前の顔は険しかった。
ー手応えが・・・妙だ・・・