【ハイキュー!!】矢印の先に、俺(私)はいない【R指定】
第8章 Unholy Devotion
前に見えたのは腕だった。
今日は——顔。
黒尾の視界が一瞬揺れた。
意識するより先に、言葉が飛び出していた。
「それ……誰にやられたんすか。」
まどかは手を止めて、ほんの数秒、言葉を探した。
そして、静かに落とすように言った。
「……旦那。」
その単語を聞いた瞬間、黒尾の胃が冷える。
胸の奥で、何かが音を立てた気がした。
引くべきだ。
一歩退くべきだ。
黒尾は強く思った。
こんなものに関わってはいけない。
こんな痛みを抱えている人に踏み込んではいけない。
「連絡先……教えてもらっていい?」
自然な声で言ったつもりだ。
気づいた時にはもう、スマホを差し出していた。
——その瞬間、黒尾は境界線を跨いだ。
彼女は静かに笑って、指先で画面を操作する。
淡いネイルが光に反射する。
「……ありがとう。誰にも言えなくて……苦しかったから。」
弱い声。
けれどその奥に、ひっそりとした確信が滲んでいた。
–––ああ…この人は。
私を助けたい人なんだ…。