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【天は赤い河のほとり】短編集

第3章 イルバニ:03│刹那は貴方から始まる


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まぶたの奥に浮かぶ彼に向けてあの日と同じように不意に手を伸ばしていました───その刹那、わたくしの体が温かさと共に優しい香りに包まれていたのです。

(………?なにが起きたのか、分からない)


なのに、どうしてか分からないけれどそれら全てを感じると瞳からは勝手に涙が溢れました。

堪能するように伏せた瞼をゆっくりと持ち上げて瞳を開くと眩しい陽射しが差します。涙で歪んだ瞳には現実はぼやけて映るのでハッキリとは見えません。

でもわたくしを抱き締めている腕に力が入ったのが分かります。そしてそれが誰なのかも。


「イ……ル…バーニ…さ…ま」

離れて、顔を見て、言葉を交わしたい───そんな風に思っていても思いと体が取る行動はまるで裏腹で、体は言うことを聞かずにただ石のように固まり、抱きしめられたままでした。

耳元で不意にささやかれた言葉──

「わたしの……妻に、なって下さい」

(!!)

瞬時にその声が全身を駆け巡るようです。



(話したい声がたくさん、たくさんあります)

(文句のひとつも言いたいのです)

(聞きたいことも…たくさん…あって……)

(なによりもまずあなたの顔が見たい)

(もっともっと声が聞きたい────)

彼の服をぎゅっ、と力いっぱいに強くにぎった指は決して離しません。

『もう離れたくない、離さない』と───


「お、遅かった、ですね…わたくし、もう……もうこんな…こんな歳になってしまって…」

涙ににじんだ声が震えていましたが、なんとか言葉にしました。

「どんな…物好き、ですか……」

「わたし以外には…いないでしょうね」

(─────────っ!!)



両方の瞳からは次から次へと止まることなく涙があふれ出てしまい、もう息も満足にできないほど。それでもひっくとしゃくりあげるのはなんとか耐えて言葉を紡ぎます。

「……お待ち…して…おり…ました……っ」

やたらとボロボロな状態でしたが声を引き絞るように繋ぎました。

「待って…待っていました…あなただけを、」

「よくぞ待っていましたね。これからはずっと共に……」


こちらを真っ直ぐに見つめて、あの、逸らせない視線が交わって……イルバーニ様の口唇がわたくしに重なります。

優しく、熱を持つ、初めての口づけでした。


Fin(24/03/10)
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