第1章 世界を渡る最初の一歩
「またその手の話か?」
七海龍水はくるりと席に座ったまま身を翻し、後ろに控えていた執事のフランソワに問う。
「はい、龍水様」
ぺこりとフランソワが一礼するも、それを無視して龍水は趣味のボトルシップ作りにまた没頭した。
「フゥン、どうせまた上層部の奴らの差し金だろう。いつも通り適当に断っておけ」
龍水の家は海運業の王様『七海財閥』だ。グループ総資産は200兆円を超える。だからか、小学生の時点で美女達からの縁談話がそれこそ山のように来ていた。昔は才能があるとか優秀だとか言って褒めそやしていた上層部達は、今では龍水を異端児扱いしている。
せめてもの対策として、良家の娘に惚れさせて許嫁となってもらう。そしてその許嫁に上層部曰く自由奔放過ぎる龍水を抑える重し役をさせて、七海財閥を継がせようと云う見え透いた魂胆だ。
「ですが龍水様。『今回は』お引き受けした方がよろしいかと」
珍しい。フランソワがここで意見するとは。いつもなら『かしこまりました』で縁談話を断るのに。
「何か理由があるのか」
龍水が背中を向けたまま質問すると、ハイと即座に返事が返ってきた。
「当たるぜ俺のカンは?どうせ会わずに断ったら面倒なクラスの奴をぶつけて来たんだろう」
「いえ。そちらではありません、龍水様。『今回のご令嬢』はお会いした方がよろしいかと」
今までと何か違うのか?不思議に思った龍水が後ろを向くと、フランソワが含みのある笑みをたたえている。少し、今回のご令嬢とやらに興味が出てきた。
「はっはーーー!いいだろう、その話引き受けた!!」
かしこまりました、その様に進めておきます、とフランソワが礼をしてシュタシュタと歩き去る。その時の龍水はあくまで暇つぶしや物珍しさ程度だった。彼女——六道院蒼音に、実際に出逢うまでは。