第8章 花割烹狐御前にて(夜)
何時もと違う宵闇の中に真っ赤な燭台が浮かび上がる。
豪奢な衣装に身を包んだ女と、おなじく上等な衣装に身を包んだ男が杯を酌み交わしている。
「ん、美味い。」
穏やかな表情で男は言う
薄暗い部屋は何時もの薬臭い物と違い甘い香りで満ちている。
「どうぞ、もう一杯。」
女は微笑んで酒を注ぐ。項から背中にかけて大きく開いた着物から覗く柔肌が蝋燭の光に照らされる
「嗚呼、ありがとう。君は気が利くね、こんな子に会えるだなんて嬉しいよ。」
「お褒め頂き有難う御座います。ご挨拶遅れました、私『石榴』と申します。以後お見知りおきを…」
挨拶をしながら頭を垂らせば髪を結いあげている簪がシャランと音をたてて揺れる。
面をあげて男―初めてのお客さん―の側に寄り添う。うん、遊びなれた様子だし年齢もそこそこ行ってるからお話を伺いつつ大人しくしておこう。
「おやおや、こうして側で見ると愛嬌があるね。」
「そうですか?嬉しいです。」
見つめられれば見つめ返す。そんな甘い誘惑を振りまきつつ当たり障りのない会話を広げつつアタシは今日の昼過ぎの頃を思い出していた
「お得意さんから支払いが来たし、妲己ちゃんに今月のツケを払いに行かなきゃ」
と言い出した同居人が、なんと妖弧憧れの方に会いに行くと言うので物見遊山気分で付いてきたら
「アラぁ、その仔が例のイケメンさん?」「ちょうど良かったワ。今日出勤予定の子が風邪ひいちゃって。オネガイ、代わりに出てくれたら今夜白澤さんが遊ぶ分チャラにしてあげる!」
と来たものだ。
確かに綺麗な着物は好きだし、興味ない訳ではないと伝えた途端頭の先から爪先まで整えられ、化粧も施されて軽いレクチャーを受けたと思えば
「衣装似合ってるし、笑顔絶やさない様にしてれば大丈夫だよ。隣の部屋で妲己ちゃんと遊んでるから困ったら呼んでね。」
と二人がいる隣の座敷に送り出されてしまった・・・