第5章 海へ…
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「タクシーが来たみたいだよ」
君の書いた最後の言葉をじっと眺めていた僕は
マスターの声に顔を上げた
窓の外を見ると、店の前に一台のタクシーが停まっているのが見えた
「有り難う御座います。おいくらですか?」
「450円」
「……え?」
僕はメニューを見た
《エスプレッソ・・・450円》
「あの…僕、三杯くらい飲みましたけど…」
「言ったろ?奢ってやるって」
「いえ、でも…」
「どうせな、道楽でやってる店なんだから」
マスターは僕が握り締めた財布をポケットの中に押し戻して言った
「面倒くさいから、全部俺の奢りだ」
「えっ!?…いや、それは…」
「あの斎場でさ」
マスターは懐から煙草を出すと、それを口にくわえた
「10年前に女房が灰になったんだよ…帰りに此処に寄って飲んだコーヒーが、ヤケに旨くてさ…
1ヶ月位たってまた来たら、店が閉まっててな
マスターが年だから店仕舞いするってんで
定年まではまだあったけどよ、女房の保険金もたんまり入ったし
俺んとこはガキもいねぇし
一丁会社を辞めて、コーヒー屋の親父でもしてみようかと思ってな」
「………」
「だからよ
お代は要らねぇよ」
マスターはそう言うと、火の付いていない煙草をゆびではさんで
また、ウインクをした
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