第55章 暗闇でも見つけて
『闇の魔法使いになると思う?』
その問いは、あまりにも脆くて、危うくて--ほんの少し触れただけで、壊れてしまいそうな響きを持っていた。
ドラコはゆっくりと歩み寄り、ミラの正面に立った。逃げても追わないし、追い詰めもしない。
ただ、真正面からその瞳を覗き込んだ。
「……ならないさ」
静かに、しかし迷いのない声で言った。
「そんな簡単に闇落ちできるほど、お前は器用じゃない」
「……は?」
「いいか、グローヴァー。闇の魔法使いってのは--自分の正しさを、疑わない連中のことだ。お前みたいに、こんな顔で悩んで、迷って、人の涙に動揺して……そんな奴は向いてない」
ドラコは指先で、ミラの手にまだ力なく握られている杖を軽く弾いた。
「それに。もし本気でロングボトムに呪いをかけるつもりなら----迷わずやってただろ?」
「……迷ったからって、優しいなんて言えるわけない」
「優しいなんて一言も言ってない」
ドラコは小さく笑う。
「ただ、情があるだけだ。闇側に立つ人間は、そういうのをもっと早い段階で捨てる。お前はまだ、それがある」
「……そんなの、嬉しくない」
「嬉しくなくていい。事実だから言ってるだけだ」
そう言うとドラコは、ミラの杖をそっと押し下げた。ミラの指先から、力が抜ける。
しばらく黙ったまま、2人の間に冷たい風が吹き抜けた。湖の水面がわずかに揺れ、木の葉がぱらぱらと落ちる。
やがて、ドラコが再び口を開く。
「……ロングボトムの言葉を聞いた瞬間、お前は呪文を撃てなくなった。それが答えじゃないのか」
「……」
「“ああしたい”“こうしたい”って言うのはいくらでもできる。でも実行に移すには、もっと強い--本物の“悪意”がいる」
ドラコはミラから視線を外し、湖の向こう側を見る。
「……本物の悪意ってのは、お前は目の前で見たんじゃないか?」
ミラの胸がぎゅっと縮む。名前を言わなくても、ドラコが誰のことを言っているのか分かった。
「で? お前はアイツみたいになりたいのか?」
「……なりたくない」
噛みしめるように、ミラは答えた。